- 更新 7/11,2008 -




「関連性評定質的分析」第一形式研究について
(一人の研究者が一つの資料を分析する研究形態)

KH法の特徴と数量化理論三類を用いることの意味


 葛西 俊治
(元・札幌学院大学心理学部臨床心理学科教授)

 このサイトは、臨床心理学、看護学、教育学、社会学等々、援助を前提とする研究実践領域において、一人あるいは比較的少数の人々を対象とする ような質的研究を推進することを目的としています。特に「関連性評定質的分析 Relatedness Evaluation Qualitative Analysis」(略称 KH法)という方法について実際的な応用を拡げていくためのサポートを行っています。

「関連性評定質的分析による逐語録研究 ― その基本的な考え方と分析の実際 ―」
札幌学院大学人文学会紀要 第83号,61-100,2008 (pdfファイル)

 KH法では、質的研究の形態を、研究者の単数性・複数性、言語資料の単数性・複数性に基づいて第一形式から第四形式まで分けています。ここでは、第一形式「一人の研究者が一つの言語的資料を分析する」研究形態について、実際的な解説を加えておくことにします。

 第一形式質的研究では、「一人の研究者が一つの言語的資料を分析する」という単数的な構造のため、数量的・統計的な情報を得ることは主眼になっていません。したがって、統計的数量的アプローチから最も遠いところにある研究形態という位置づけになります。それでも、第一形式のような研究が必要な研究場面は数多くあることから、第一形式質的研究の学問的な位置づけが明確にすることが出来るならば、個別事例や少数事例を研究テーマとして扱わざるを得ない研究領域において、さらなる研究の進展が期待されることになります。(研究者あるいは資料の複数性が実現される場合は第二形式〜第四形式をご参照下さい)

さて、KH法では、第一形式質的研究を次のような考え方に基づいて捉えています。
  1. 研究者は言語的資料を読み解く、いわば「官能検査者sensory examinater」「官能評価者sensory evaluator」という位置づけにあること。
  2. 言語的資料は、研究テーマおよび評価者が異なる毎に、様々な異同を含んで読み取られ得ること。
  3. 研究者の研究過程を、「言語的資料の要約作業」と「要約に基づく言語的資料の解釈作業」という二つの作業として位置づけること。
  4. 「言語的資料の要約作業」では、該当研究領域の研究者間において、おおむね妥当とされる要約となることを目指すこと。
  5. 要約作業そのものとしてはKJ法的な手法を用いるが「発想法」という要素を含まない。
  6. 得られた「要約」は、「作成年月日・要約者氏名」という付帯情報の元で提示された研究資料としての位置づけにあること。(逐語録などの一次資料についての資料:二次的資料)
  7. 元の言語的資料は、複数の(重層的)ラベルによって集約された形での「要約」として表現されること。
  8. 次の段階、すなわち「要約に基づく言語的資料の解釈作業」では、ラベル群として得られた要約について、ラベル相互の間に様々な関係、たとえば因果性・帰属性・推移性・条件性・並行性などを見いだし、それを当該研究者による「解釈仮説」として提示すること。
  9. 解釈仮説は、おおむねアブダクション的推論に基づいて構成される。解釈仮説は、その性質上「そうか、そうでないのか」という二値的な位置づけではなく、多様な現象を多角的に記述する「多重併存モデル」(参照:「解釈的心理学研究における理論的基盤とアブダクションに基づくモデル構成法」2005の一つとしての位置づけとなる。
 KH法で位置づけている第一形式質的研究とは、広義には、W.ディルタイの「精神科学」「了解心理学」「了解的方法」の流れを組むといえます。ただし、19世紀後半のディルタイから一世紀以上経過した現在、「複数のラベルによって集約された資料」すなわち「KH法に基づく要約」を理解し解釈していく際には、林の数量化理論V類による分析という数学的理論的把握を利用できるようになっています。因子分析(厳密には主成分分析)的な「軸」を与えてくれる数量化V類を利用することで、言語資料を集約している複数のラベルを解釈する際に、そうした「軸」についての理解を参照できるわけです。

 KH法の基本的な進め方は上に示した通りですし、詳細については「「関連性評定質的分析による逐語録研究 ― その基本的な考え方と分析の実際 ―」(2008)に掲載しています。したがって、ここではKH法を用いて研究を進めるときに気がつくことや、気になることなどを中心に解説していくことにします。(説明の都合上、サイトや論文に掲載している内容と重複する部分があります。)
 
 *なお、上の項目(vi)「作成年月日・要約者氏名という付帯情報の元で提示された研究資料…」について説明を加えておきます。実際に「カード布置」作業を行うとすぐに気がつくことですが、「昨日はこれで良いと思ったが、今日、あらためて見直すと少し違う気がする…」といったように、カードの類似性なり関連性なりの「(官能評価的な)判断」は必ずしも固定せず、ある程度の変動の余地があります。また、カード布置作業を続けているうちに、作業している研究者の見方そのものも、そうした検討作業そのものの中で変動あるいは成長していくものです。そのため、決定的で固定的な「一般的なカード布置」というものはあり得ず、「ある時点において成立した」という時間性(あるいは歴史性)を前提とする必要があることを示したのが項目(vi)です。
 
●KH法の特徴
  1. 「カード布置」の特徴:抽象度を上げ過ぎないカードの集約とラベル付け

    カード化された資料が、内容の類似性に基づいてグループが形成されていく際、最初は「ほとんど同じ内容・極めて似た内容」でグループが構成されます。グラウンデッド・セオリーなどでは、抽象度の高いラベル、すなわち、それ自体が一つの解釈であるようなラベルが付与される傾向がありますが、KH法ではそういったことはありません。というのは、KH法における「カード化・カードのグループ形成・ラベル付け」という「カード布置」作業は、言語資料の「要約」を第一の目的にしているためです。つまり、その「カード布置」の作業とその過程は「要約」が目的であって「解釈図式」を提出するためではない、と明確に位置づけているためです。
     この点において、KH法はグラウンデッド・セオリーと異なり、一次資料である言語資料を適確に把握する「要約」という段階を含む、ということになります。
     *「カードの類似性に基づくグループ生成」が実現されない場合、以下に示すように、数量化理論V類によって得られる「軸」の解釈と命名が困難になる傾向があります。

  2. 「ラベル付け」の特徴:カードの記載内容に基づいた具体的なラベル付け

    カードグループにラベル付けをする際、KJ法のような「発想」はできるだけ避け、グループに含まれているカードの記述内容をできるだけ生かすために、たとえば、記述内容を足して二で割るようなラベルを1行程度の長さの「文章」として作成します。単語だけだったり「…なこと」などのよう短く集約する必要はありません。これによって、ラベルの抽象度が極端に高くなってしまうことを避けることができます。
     このようにすることで適確な「要約」となることを目指しているわけですが、それと同時に、数量化理論V類による分析を後に用意しているため、この段階で抽象的な要因・要素・次元となるような抽象的な把握をする必要がない、という実際的な状況もあります。

  3. 「要約」と「解釈」の分離

    これまでの経験から、多くの場合、「要約」という過程は研究者側からの操作が極めて濃厚に作用してしまい、しばしば、「一次資料の内容を適切に捉える」というあり方を逸脱する程にもなります。たとえば、グラウンデッド・セオリーなどにおいても、「記述の中に一定の解釈を見て取る」という進め方のため、「要約」という位置づけはほとんど含まないといえます。そうした点では、一次資料の内容をすべて含むというのではなく、研究者側の観点やテーマに基づいて、最初から内容の取捨選択を含んだ解釈的な過程に入るという展開といえるでしょう。ところで、川喜多二郎のKJ法では、ほかのカードと意味内容が極めて異なったカードであったとしても、それを捨て去ることはせず、そうした意味内容の異なった独立カード(一匹オオカミ、離れザルなどと呼ばれます)は、そうした位置づけに見合った扱いとなります。KH法は川喜多二郎のこうした観点を尊重することによって(しかし、「発想法」的な展開は行わないことによって)、「要約」ということを実現するものです。(この「要約」の部分に対して、数量化理論V類による分析が行われます。)

    KH法における「解釈」とは、得られた複数のラベルの間の関係を、研究者が一つの仮説として提起してすることによるものです。ラベル同士に間に因果性・帰属性・推移性・並行性・条件性などなどの「関連性」を研究者が自らの観点に基づいて「評定」し設定することによって行われます。(解釈の妥当性については「質的研究の内的および外的妥当性について― 質的研究四形態 」などをご覧下さい。)

●数量化理論V類による分析を用いることについて
  1. 数量化理論V類は数理的方法であって統計的方法ではないこと

    KH法は「関連性評定質的分析」という、質的分析の一つの方法です。「質的」なのに「数量的な分析」を用いるのはなぜか…と指摘されることがありますが、数量化理論とは、質的なデータに数量的位置づけを付与することを目的とする数理的な手法ですが、「統計的アプローチ」ではありません。とくに数量化理論V類は、質的な因子分析・主成分分析とみなされることがありますが、因子分析も「数理的アプローチ」であって「統計的アプローチ」ではありません。(なお、因子分析とは、変数ベクトルを多次元空間上に射影する数理的解析法であって、統計的分析手法ではありません。)
    したがって、「質的な研究に数量的分析を採用するのはなぜか」といった質問は、実は不正確な質問なのですが、とりあえず「数量化理論V類による分析は数理的分析ですが、統計的分析ではありません」と答えた上で質問の真意を確認する必要があります。
    「言語的資料の質的分析なのに数字を用いるのに疑問がある」といった素朴な質問の場合は、「数量化理論V類による分析は、カードとカードグループの包含関係を数理的に分析するもの」と答えることになります。つまり、言葉や言葉の意味そのものを数量化しているのではなく、「カード布置」の構造を数理的に捉えているということです。

  2. 「軸」を得ることの質的アプローチ上の意義

    KH法では、カード布置の過程において、「カードのグループ生成」(「カードあるいはラベルカードについてのグループ生成」)が行われ、次いで、グループに適確なラベルをつけることになります。KH法における「要約」の実質がこうした「カード布置」過程にあることはいうまでもありません。したがって、「カード布置」の過程とその結果である「要約」がどの程度まで妥当な内容となっているかを常に考えざるを得ません。

    これまで学科あるいは大学院の「心理学研究法」に関わる講義・実習にて、約200例ほど、「KH法第一形式での実習」を行い数量化理論V類による分析を指導してきました。その際、数量化理論V類によって得られた軸構造、すなわち、ラベルが軸上にどのように位置しているのかにしたがって、第一軸・第二軸などを二次元的にプロットして、各軸のプラス側・マイナス側の両極端にあるラベルの内容に基づいて軸の意味を考えて命名する、という作業に至ります。
    その際に極めて印象的だったことは、横軸の左右の極端にあるラベル、あるいは縦軸の上下の極端にあるラベルを見て軸に名前をつけようとすると、「カードグループ内に意味内容の異なったものが含まれているとき」あるいは「ラベルの付け方が不適切だったり抽象的に過ぎるとき」には、命名が極めて難しくなるという発見でした。
    つまり、数量化理論V類による分析を行って軸を得たときに、その軸の解釈が比較容易にできる場合とかなり困難な場合とがあり、そのうち特に軸の解釈が困難であるときには、「カード布置」「ラベル付与」の適切さを確認してみる必要があることが分かる!ということなのです。

    もう少しかみ砕いて言うならば、「カードグループ」に含まれるカードが互いによく似た内容のものであれば、軸の解釈はさほど困難ではないが、「カードグループ」に含まれるカードに類似性の低いものが混ざっていると軸の解釈が困難になる、ということです。こうした点は「質的アプローチ」の限界と問題点を考えていく際には大変に重要な意味合いをもちます。すなわち、グラウンデッド・セオリーにしても解釈学的現象学的分析にしても、「言語的資料の意味内容を(それなりに)集約していく方法」であって、その際の一番の弱点は「これはこういう意味だからこうなる」ということをひたすら続けていくだけであって、それこそ、第三者などによる指摘(トライアンギュレーションtriangulation)がなければ、そうした一人称的な集約は最悪の場合、独りよがりの独善的なものに陥りかねない、という点です。しかし、数量化理論V類による分析を導入するというKH法では、「得られた軸の解釈の困難さ」を基準として、「カード布置として提示された(言語資料の)要約」の妥当性を検討するという、一つの物差しを用意しているといえるわけです。

    *なお、「要約」「数量化理論V類による分析」にひき続く「解釈」「仮説提起」の段階では、モデルについての4種類の内的妥当性(自己妥当性・内部整合妥当性・状況限定的妥当性・専門領域内妥当性)の吟味を前提として、当該研究者による解釈モデルの提示へと至ります。多くの場合、そうした解釈モデル・仮説は、その後、それらの外的妥当性を確認するのに値する仮説として、数量的統計的確認研究を進める仮説母体となることが期待されるわけです。




葛西俊治, 2008

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