葛西 俊治 (元・札幌学院大学心理学部臨床心理学科教授) ここでは、心理面接などで得られた逐語録などの言語的資料に基づいて、その内容を質的に解析していくための方法を 紹 介しています。 以下、説明の都合上、「逐語録」と表記しますが、分析の対象としては言語的資料全般を想定しています。理論的な観点などについては、2007年度後期の 人文学部紀要にまとめる予定のため、ここでは実際にどのようにしていくかのポイントを簡略化して示しています。 ここで紹介する「関連性評定に基づく質的分析」とは、KJ法的な方法にいくつかの制限を加えて分析することによって、以下の二つのモデルを生成していくも のです。 A. 逐語録の「要約モデル」の生成 逐語録全体としてどのようなことが語られたかを構造化してまとめます。 B. 「要約モデル」に対する「解釈モデル」 の生成 「要約モデル」の上位ラベルに対して、様々な知見や経験に基づいて、それらを「解釈」して、 原因結果や理由、あるいは事柄の移行関係に関わる事柄を列挙して 「因果性・推移性・対比性」を盛り込んだ「解釈モデル」を作成します。 ●「要約モデル」生成に向かう際の基本的な方法は次の通りです。
逐語録を印刷して、おおむね文単位から意味的にまとまった範囲で一枚の紙片として切り出します。一つの文が長いときは、紙片へと切り出した際に意味が通じ る範囲でいくつかの部分に切り出します。切り出すことによって意味不明になりそうな場合は適宜、メモ書きなどを付与しておきます。切り出された紙片(以 下、カードと呼びます)には順に通し番号をふっておきます。 *90分程度の半構造化面接の場合、テーマや面接者の応答状況にもよりますが、カードの枚数は経験的に だいたい100枚 から150枚程度となることが多いようです。以下に示す例は、分析の進め方を示すことが目的のため、カードの記述内容は短くて枚数もひどく少ないままに なっています。 例)
「質的研究方法について一言で言えばどんな印象ですか?」
ここのプロセスは川喜多二郎によるKJ法と類似の方法ですが、次のように進めることにします。 なお、ここで示す方法はKJ法の考え方を受け継いでいるところがありますが、KJ法に則って所定の手続きをすべて行うわけではありません。後に理論編にお いて示す予定ですが、「関連性の評定」と「空間配置」という手続きの一部にKJ法的な発想と方法を採用しているというのが実際のところです。 カード相互の「自己組織化」
ラベルリストの例
以上、『A.逐語録の「要約モデル」の生成』の実際について簡単に示しました。従来の質的分析、たとえば、グラウンデッド・セオリー(G.T.A.: Grounded Theory Analysis)や、解釈学的現象学的分析 (I.P.A.: Interpretative Phenomenological Analysis)などでは、最初から最後まで、「文章」「概念」といった非数量的な内容に終始します。 それに対して、「関連性評定質的分析 R.E.Q.A: Relatedness Evaluation Qualitative Analysis」では、ラベルリストに基づいて数量化理論三類による数量的分析を行うことによって、カードの空間配置の理解と位置づけに際して、数量的 分析 からの示唆を利用することができます。また、ラベルリストの構造は、形式概念解析によっても把握されて図示されるので、「逐語録」の「要約モデル」の構造 が極めて理解しやすくなるという特徴もあります。 「要約モデル」の位置づけ さて、1)逐語録のカード化、2)カード相互の関連性評定に基づく空間配置とラベルリストの作成、3)数量化理論V類による分析、4)形式概念解析によ るラベル構造の把握、によって、十分に検討を加えた「逐語録の要約モデル」を生成することが可能になります。こうした研究は「探索研究」「実証研究」の分 類で言えば前者の「探索研究」に該当します。探索研究とは、研究テーマに関連するモデルを提出することが主な目的となっていて、あるテーマに関する心理面 接などによって得られた逐語録は、そうした研究テーマに関するモデルを生成し提起するための素材となっている訳です。さしあたりは、「その語り手本人に とっての個別的なあり方」に過ぎない訳ですから、得られたモデルもその個人を「個別的あり方」に関するモデルとなる訳ですが、不思議なことに、そうしたモ デルは「その本人にしか通用しない」ような特異的で個別的な内容」だけではなく、場合によって「他の人々にも共通に見いだせそうな内容」とから成り立って いるものです。 「解釈モデル」の生成へ 詳細な議論はここでは省略しますが、特定の状況や特定の人にしか通用しないような「周縁的要因」と一緒に、他の人々にも共通に見いだせるような「中心的 要因」とが、共にモデルの中に取り入れられている可能性があります。「中心的要因」と「周縁的要因」とは、言い換えれば「共通性」と「特異性」ということ ですが、それを見抜いて指摘していく研究者の取り組みが、次の「解釈モデル」の生成と提起につながっていくことになります。そうした『B.「解釈モデル」 の生成』については、稿をあらためて述べることにします。 |