-  3/31, 2007-


「関連性評定に基づく質的分析」の実際について

 葛西 俊治
(元・札幌学院大学心理学部臨床心理学科教授)


 ここでは、心理面接などで得られた逐語録などの言語的資料に基づいて、その内容を質的に解析していくための方法を 紹 介しています。
以下、説明の都合上、「逐語録」と表記しますが、分析の対象としては言語的資料全般を想定しています。理論的な観点などについては、2007年度後期の 人文学部紀要にまとめる予定のため、ここでは実際にどのようにしていくかのポイントを簡略化して示しています。

ここで紹介する「関連性評定に基づく質的分析」とは、KJ法的な方法にいくつかの制限を加えて分析することによって、以下の二つのモデルを生成していくも のです。

A. 逐語録の「要約モデル」の生成

      逐語録全体としてどのようなことが語られたかを構造化してまとめます。

B. 「要約モデル」に対する「解釈モデル」 の生成

   「要約モデル」の上位ラベルに対して、様々な知見や経験に基づいて、それらを「解釈」して、
   原因結果や理由、あるいは事柄の移行関係に関わる事柄を列挙して
   「因果性・推移性・対比性」を盛り込んだ「解釈モデル」を作成します。

●「要約モデル」生成に向かう際の基本的な方法は次の通りです。
  1. 逐語録のカード化を行う。

    逐語録を印刷して、おおむね文単位から意味的にまとまった範囲で一枚の紙片として切り出します。一つの文が長いときは、紙片へと切り出した際に意味が通じ る範囲でいくつかの部分に切り出します。切り出すことによって意味不明になりそうな場合は適宜、メモ書きなどを付与しておきます。切り出された紙片(以 下、カードと呼びます)には順に通し番号をふっておきます。
    *90分程度の半構造化面接の場合、テーマや面接者の応答状況にもよりますが、カードの枚数は経験的に だいたい100枚 から150枚程度となることが多いようです。以下に示す例は、分析の進め方を示すことが目的のため、カードの記述内容は短くて枚数もひどく少ないままに なっています。
    例)  「質的研究方法について一言で言えばどんな印象ですか?」



  1. カード相互の意味的関連性に基づいて空間配置をする。

    ここのプロセスは川喜多二郎によるKJ法と類似の方法ですが、次のように進めることにします。

    なお、ここで示す方法はKJ法の考え方を受け継いでいるところがありますが、KJ法に則って所定の手続きをすべて行うわけではありません。後に理論編にお いて示す予定ですが、「関連性の評定」と「空間配置」という手続きの一部にKJ法的な発想と方法を採用しているというのが実際のところです。

    カード相互の「自己組織化」

    1. 意味的に関連性が強いと感じられるカードがお互いにそばに寄っていくようにする。
    2. 意味的にほとんど同一と感じられるカードは重ねておく。
    3. 意味的に近いものは、無理に重ねずに近くに寄り添わせておく。
      意味がほとんど同一のカードは、通常は数枚もあれば多い方なので、たくさんのカードが一度に一つにまとまることは滅多にありません。
    4. カード群全体について、意味的に関連するカードが「寄り集まっていく」というようにして、この手順を進めていきます。
      なお、「カード全体を何らかの概念や事柄に基づいていくつかに分割する」というやり方ではありません。すなわち、ここで紹介する「関連性評定」という 過程は、あくまでのカード相互の関連性を評定するのであって、カード全体を分類していくのではありません。
      *「KJ法を用いた」と称する内容を見てみると、KJ法の命である「近いもの同士が互いに呼び 合っていく」というのではなく、明らかに何らかの概念、たとえば「良い・悪い」とか「困ること・困らないこと」などによって、カード全体があらかじめいく つかに分割されてる場合があります。これは、カード一枚一枚を読んでいるのではなく、研究者が自分の考え方をカード全体に投影しているだけです。これで は、逐語録の内容を構造的に把握していくということにはなりません。

       「関連性評定に基づく」方法も、KJ法と同様に、カード一枚一枚を丁寧に読んで、関連性が感じられるかどうかを大事に見取っていくことを重視していま す。なお、「頭ごなしに分割」しているような空間配置には特徴があるので、すぐに見分けられます。それは、つけられたラベルが文章的ではなく、「強い」 「不可能」などといったように形容詞や名詞がそのまま記されていたり、あるいはかなり短い文節がラベルになったりしているものです。すなわち、「明るい」 とかの形容 詞はその反対である「暗い」などの二項対比によって簡単に二分割に陥いるものだからです。その逆に『質的分析は方法も様々なので分かりづらい』といったよ うなラベルがついていた場合は、それに基づいてカード全体が二分割や三分割される訳にはいきませんので、分類的な空間配置とは異なり、構造全体が 複雑になることが多いので、すぐに見分けがつきます。

    カード群へのラベル付け

    1. 意味的に関連が強くて、数枚程度まとまったカード群を束ねてラベルをつける。
      ラベルはカード群の内容を適確に表現しているものが望ましい。
      カードのまとまりに付けられたラベルは、そのカード群を代表していると見なして「ラベルカード」と呼んでおきます。
    2. このようにしてできた「ラベルカード」と他カードや他のラベルカードを見比べて、意味的に関連性の強いと感じ られるものはお互いにそばに寄り添っていくようにします。
      なお、他のカードと一緒になることなく一枚のまま居るカードを「独立カード」と呼びます。
    3. そのようにして空間配置を続けていき、ラベルカードと独立カードの数がおおむね10〜5個以内程度になったら、空間 配置とラベル付けを終わります。(あくまでも「関連性評定」の作業なので、ラベルカード同士などに矢印などはつけません。)
    4. ラベルカードにも識別用の番号をつけておきます。たとえば、ラベルの前か後に「「L12」などのように付けます。こ れは「カードが 最初に寄り集まったカード群という意味でLEVEL-1のカード群」の「第2番目のラベル」、という位置づけを示しています。また、「L35」と は、ラベルカードが第3段階であるLEVEL-3であり、その第5番目のラベル」という意味です。
      *ラベルの付け方について
      • 意味がほとんど同じようなカードばかりのときは、その中のカードの1〜2枚に書かれている内容を組み合 わせてラベルとします。
      • グループの中にそのグループのラベルになりそうなカードがある場合は、そのカードを参考にしてラベルをつけ ます。
      • 意味的に近いけれども、ラベルにするとまとまらないときは、1〜2枚のカードの記述をモザイク上に組み 合わせて、それで良いかどうかを見てみます。
      • 何か新しい言葉を追加したり、言い回しを換えたりすると、より適確なラベルになることもあります。
      • 意味的には近いけれども、ラベルにするとまとまらないときは、無理に一つにせずにその集まりを解体した 方が良い場合もあります。そうしたカード群は後でまとまってくる可能性があるものです。
      • 意味的に近いと感じているけれども、それを言語してラベルにすることが難しい。しかし、ばらばらにした くない…。そういうときが実は極めて大事にところです。焦らずにカードを何度も読み返してみます。「関連性評定」そのものについての理 論的解説は省略しますが、このように悩むところがどうしてもあるものなのです。
      • ラベルは短すぎず、読んだだけで内容が分かる文章的なものの方が良いです。あまりにも短くて単純なラベルだ と、そうしたラベルの抽象度が高いために他のカードが過度に集まってきてしまうことを恐れます。ラベルを読んだだけで、そのカー ド群に含まれている記述全体がイメージできるのが理想です。

        上記8枚のカードの空間配置の例 
    8枚のカード(少ないですが…)について、関連性評定を行ってみたら上のようになったとして解説を続けます。
  1. 空間配置に基づいて、ラベルカードと独立カードの「ラベルリスト」を作る。

  ラベルリストの例 



  1. 「ラベルリスト」とは、図に示すように、カードが集約されてラベルの要素となっていく様子を示したものです。いわゆる 「クラスター分析」で出力される樹状図に似た表示となります。(カード枚数が多いときはカード全体を表示するのは大変なので、上位からいくつかのレベ ルまでを取り上げて表示し、それ以下の個別カードやラベルカードを省略することもあります。)
  2. この図の「上位ラベルカード」とは、「L21 難しくてついていけない」「C4 使えるといいな」 「L31 習いたい反面もあるのだが…」の三つが該当します。そのうち「C4」はラベルではなく単独のカードで、最終段階まで一枚のまま残ってきたカードで す。これを「独立カード」と呼んでいます。(C4カードは以下ではL32と表記されることがあります。)
    独立カードは他のカードと一緒にならない分、独特な意味や位置づけをもつことが多いものです。独立カードはそ れ一枚で「ラベ ルカード」と同等に扱うことにします。

  1. 空間配置およびラベルリストから得た「カードとラベルの対応表」を分析する。

  1. KJ法では空間配置図に矢印などを付加して解説を加えていきますが、「関連性評定」によって得られた空間配置図およびラベル リストは、「関連性評定」という判断過程によってカード間およびラベル間の「関連性」が評定されてきたので、以下に示すように「林の数量化理論V類」の入 力データとして扱うことができます。

    (ここではSPSSに組み込まれたプログラムを使っているため、SPSSのデータとして示しています。数量化理論V類は欧米では「コレスポンデンス分析」 と呼ばれる解析手法とほぼ同一の分析方法です。なお、「林の数量化理論」プログラムはExcelの追加機能としても提供されています。)

  2. SPSSデータエディタは、Excelと類似の行列表現となっています。1から8の行は「カード」番号を表し、上段にある 「L11」「L21」…「L31」はラベルを表しています。それぞれのカードが該当するラベルのところには{1}、該当しないところには{0}がデータと して入ってい ます。これを数量化理論V類の入力データとして分析します。
    「空間配置」と「ラベルリスト」と、下に示した「カードとラベルの対応表」は互いに同一の内容で、表記の仕方が異なるだけです。

      空間配置図あるいはラベルリストから得られた「カードとラベルの対応表」の例 




  3. 数量化理論V類の計算過程では、固有値を計算します。ここでは、第5軸までで全分散の100%が説明され、第2軸まででは全 分散の82% が説明されることが分かります。(固有値は相関係数の二乗と等しい数値になります。)

                   
                            固有値         相関係数     全分散に対する累積比

      1      0.57416          0.75773          0.57416
      2      0.24607          0.49605          0.82023
      3      0.09694          0.31135          0.91716
       4      0.05164          0.22724          0.96880
       5      0.03120          0.17663          1.00000



  4. 続いて、ラベルL11,L21…L31に対する次元上の数値が「カテゴリースコア」として算出され、以下のようになります。 ここで { L11の値が 1 } というのは、そのラベルに該当するものを意味し、{ L11の値が0 } というのは、それに該当しないカテゴリーを指し示しています。そして、L11というラベルは、第1軸と第2軸の二次元平面上では、{ -1.65730,  1,69091 } という位置にあることが分かります。

    ●カテゴリースコア
                                          1         2         3         4   (軸)
         変数          値    カウント
         L11
                        0.       6     0.55243  -0.56364   0.45723  -1.06
                        1.       2    -1.65730   1.69091  -1.37170   3.19
         L21
                        0.       5     0.86609  -0.70913   0.19411   0.83
                        1.       3    -1.44349   1.18189  -0.32353  -1.38
         C4 (L32)
                        0.       7     0.07385   0.70634   0.39422  -0.18
                        1.       1    -0.51693  -4.94439  -2.75957   1.26
         L12
                        0.       6    -0.57269  -0.32461   1.00786   0.41
                        1.       2     1.71808   0.97383  -3.02359  -1.23
         L22
                        0.       5    -0.89786  -0.40841   0.42788  -0.32
                        1.       3     1.49643   0.68068  -0.71314   0.53
         L31
                        0.       4    -1.21185  -0.34968  -0.93254  -0.72
                        1.       4     1.21184   0.34968   0.93257   0.72

         有効ケース数        -        8
         欠損ケース数        -        0



  5. 林の数量化理論V類とは、「質的な因子分析」と呼ばれることがあります。それは、心理学では頻繁に用いられる因子分析のよう に、いくつかの「軸」ないし「次元」と、その次元上の位置を算出するからです。上図の上段にある「L11」「L21」…「L31」といったラベルに対し て、それぞの次元上の座標値が得られているので、以下に簡単に図示してみます。
     第2軸まででは全分散の82%が説明されることが上で示されています。さて、第1軸は左側空間(マイナス領域)は「L11難しい」「L21難しくてつい ていけない」ということなので「難しい・否定的…」なニュアンスがあります。一方、右側空間(プラス領域)は「L12どうなんだろう」「L22期待もある のだが」「L31習いたい反面…」と「期待と不安…」のニュアンスがあります。これをまとめて、例えば、第1軸を「難解さと関心」の軸などと呼べるかもし れません。

     縦軸である第2軸は、上側空間(プラス領域)に「L11」「L21」「L12」…があるのに対して、下側空間(マイナス領域)には「C4使えるといい な」があるので、「不安と期待」の軸などと呼べるかもしれません。なお、ここに示した例はカード数があまりにも少ないので、あくまでも手順を示すための解 説に過ぎません。
     いずれにしても、軸の解釈は因子分析と同様に研究者によって解釈され命名されます。こうした次元表示を得ることによって、カードの空間配置の理解と解釈 の参考になる数量的把握が得られることに意味があります。


     (3/31, 2007追記)

  1. 空間配置・ラベルリストの「形式概念解析」による図示と把握★★

  •  「形式概念解析 Formal Concept Analysis」とは概念間の論理的構造を把握する一つのアプローチであり、そのための解析プログラムが長田博泰氏(札幌学院大学社会情報学部社会情報 学科教授)によって開発されています。「形式概念にもとづく質的分析」(2004)や「社会情報解析への一寄与:形式概念によるデータ解析」(2006) などの論文において、質的解析法としての実例が提示されています。
  • 「関連性評定」に基づいて得てきたラベルリストの構造が、形式概念解析プログラムが対象とする入力形式と同一の構造なので、 そのまま分析して以下に示すような図を表示させることができます。この表示は長田先生のプログラムによるものです。
    (なお、形式概念解析には、「単一事例や少数者に対する質問紙」の質的分析といったよう な、より本質的な使用方法がありますがここでは触れません。)

      形式概念解析への入力データの形式 (行がカード、列がラベル) 



      上記データについて、その論理関係を解析した表が出力される 



  • 現時点では、出力された「Hasse図」(論理的構造を示す図)に、必要な情報などを後から追加しています。例が極めて単純 な のでこのように得られた図表の価値は分かりづらいかも知れませんが、こうした解析結果を参考にして逐語録の「解釈モデル」へと進んでいくことになります。
     なお、空間配置・ラベルリストでは可視的ではない「該当するカード枚数 (全体に対する%)」を追加表示してあるので、逐語録の中でそうしたラベルに関 するカード、すなわち、そうした語りがどの程度現れたのかを見てとることができます。ここでは、カードの50%(4枚)が「L31習いたい反 面…」というカテゴリーに属すことが分かります。

      空間配置・ラベルリスト内容のHasse図の例 






 以上、『A.逐語録の「要約モデル」の生成』の実際について簡単に示しました。従来の質的分析、たとえば、グラウンデッド・セオリー(G.T.A.: Grounded Theory Analysis)や、解釈学的現象学的分析 (I.P.A.:  Interpretative Phenomenological Analysis)などでは、最初から最後まで、「文章」「概念」といった非数量的な内容に終始します。
 それに対して、「関連性評定質的分析 R.E.Q.A: Relatedness Evaluation Qualitative Analysis」では、ラベルリストに基づいて数量化理論三類による数量的分析を行うことによって、カードの空間配置の理解と位置づけに際して、数量的 分析 からの示唆を利用することができます。また、ラベルリストの構造は、形式概念解析によっても把握されて図示されるので、「逐語録」の「要約モデル」の構造 が極めて理解しやすくなるという特徴もあります。


「要約モデル」の位置づけ

 さて、1)逐語録のカード化、2)カード相互の関連性評定に基づく空間配置とラベルリストの作成、3)数量化理論V類による分析、4)形式概念解析によ るラベル構造の把握、によって、十分に検討を加えた「逐語録の要約モデル」を生成することが可能になります。こうした研究は「探索研究」「実証研究」の分 類で言えば前者の「探索研究」に該当します。探索研究とは、研究テーマに関連するモデルを提出することが主な目的となっていて、あるテーマに関する心理面 接などによって得られた逐語録は、そうした研究テーマに関するモデルを生成し提起するための素材となっている訳です。さしあたりは、「その語り手本人に とっての個別的なあり方」に過ぎない訳ですから、得られたモデルもその個人を「個別的あり方」に関するモデルとなる訳ですが、不思議なことに、そうしたモ デルは「その本人にしか通用しない」ような特異的で個別的な内容」だけではなく、場合によって「他の人々にも共通に見いだせそうな内容」とから成り立って いるものです。

「解釈モデル」の生成へ

 詳細な議論はここでは省略しますが、特定の状況や特定の人にしか通用しないような「周縁的要因」と一緒に、他の人々にも共通に見いだせるような「中心的 要因」とが、共にモデルの中に取り入れられている可能性があります。「中心的要因」と「周縁的要因」とは、言い換えれば「共通性」と「特異性」ということ ですが、それを見抜いて指摘していく研究者の取り組みが、次の「解釈モデル」の生成と提起につながっていくことになります。そうした『B.「解釈モデル」 の生成』については、稿をあらためて述べることにします。



「関連性評定に基づく質的分析」の実際について」
葛西俊治, 2007

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