葛西俊治「身体心理療法」2009-2010
〜イギリス通信〜



  1. ケンブリッジの「ソーシャル・インクルージョン・サービス」でのスタッフ対象ワークショップ(12/1,2009)

    • 時間があるときは週に一回、ロンドンのモーズレイ病院のヒーリング・アート・リサーチ・チームの活動日に訪問していますが、ロンドンから北に2時間ていど列車で行くとケンブリッジ市に着きます(急行だと一時間)。そのケンブリッジで主に精神領域の問題をもつ人たちを対象にした地域サービスをしているソーシャル・インクルージョン・サービス Socail Inclusion Serviceというところで、スタッフを対象としたワークショップを依頼されました。
      日本の厚生労働省にあたるNHS(National Health Service)の活動の一環として、「ソーシャル・インクージョン」すなわち、精神科領域の問題をもつ地域の人たちを社会に「含める・一員とする」といった意味の活動で、精神科領域のいわば公的なディケア・センターといった活動をしているところです。ダンスセラピスト、身体心理療法の専門家や看護師さんなどのスタッフが、地域から訪問してくる人たちを支援する場になっています。ケンブリッジ駅にほど近く、民家を二軒分をつなげたような普通の建物がそのセンターでした。何だか目立たない瀟洒な喫茶店のような趣の入り口から入ると、中は明るく暖かく、いかにも「いらっしゃい!」という感じがする雰囲気のよい施設でした。

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      悪口ではないですが、モーズレイ病院はやはり病院病院していて、まわりには大学や研究施設や大学病院も軒を連ねていて,雰囲気的に敷居が高い感じがするのですが、ケンブリッジのこのセンターは暖かく受けいれてます…という建物でした。実は建物だけではなく、中で働いているスタッフさん達も気さくで明るく親切な人たちで大変に良い感じです。
      少し早く着いてお昼のサンドイッチを食べようと到着したところ、裏側にあるキッチンと食堂的な所まで何だそのまま突き進んでしまい、そのまま入り込んでお昼を食べ始めました。普通はあちこちカギをかけて管理しているのですが、私が突き進んだ経路は、そうやって地域の人もやってきてはお茶を飲んだりする所のようでした。スタッフの一人がたまたまやってきて、暖かいお茶(もちろん紅茶で、高級ではない紅茶の葉っぱをかなり細かく粉砕してあるティーバッグなので10秒もしないで色が付きます)に砂糖とミルクを入れてもらって大満足です。

      *私はたまに、普通は入ってはいけない所や、普通はカギがかかっているのでたどり着けないところまで、何だか妙なタイミングで入り込んでしまうという不思議がことがあります。
      ロンドンの空港に国外から深夜に到着したとき、普通は「入国管理官」に神妙にパスポートを提出して質問をされてドキドキしながら答えて入国をさせていただく訳ですが、どういう訳か、「EU以外の入国審査」の道順を素直に歩いているうちに、誰にも会わずにそのまま向こう側に出てしまったことがありました。これは、不法入国あるいは、国境突破…という破天荒なことで、見つかればそのまま逮捕…となるものです。
      「…あれ、これはどうもおかしいな…」と、もう一度、入ってきた通路を逆に戻り始めたところ、密入国者?!を発見した管理官が少し慌ててやってきたので「…誰もいませんでしたし、ドアも開放されていたので…」と説明すると「…そうならばこちらの落ち度です…」と認めてくれたので逮捕されずに済んだのでした(^_^;。アブナイ、アブナイ。戻ってきた私はもう少しで「密入国および密出国」の二重の罪を着せられそうだったわけですから。

      ワークショップを企画してくれたのは、ダンスセラピストのAnaさんというスペイン出身の人で、6月にロンドンで開催されたイギリス・ダンスセラピー年次会議の場での私のワークショップに参加していた方でした。何度かメールのやりとりをして日程を調整して実施にこぎつけたものです。スタッフの方達もいろいろと忙しく、だいたい約10名でセッションが始まりました。
      ダンスセラピーの大学院で勉強中の若い学生もいましたが,それ以外はそのセンターのスタッフとして働いている人達でした。そのセンターも男性スタッフはいるのですが、イギリスの「ダンスセラピー協会」がほとんど女性ばかりなのに示されるように、こうしたセンターでも「ダンスセラピー」に男性が参加するということは少ないようでした。なお、日本の理事は半分以上は男性で、これは世界的に貴重なことのようです。ちなみに、来年のアメリカダンスセラピー大会でそうした話題を日本ダンス・セラピー協会の担当者が会議で発表することになったそうです。

      ワークショップの内容は、ロンドンで開催されたヨーロッパ・アーツスセラピーズ・コンソーシアムのECArTE大会で発表したものをおおむね基本にして、特に精神科領域の人たちなので、日本のディケアや病院でのセッションの際に気をつけていることや,特に行っていることなどを付け加えながら進めました。二時間のセッションの前半は、運動強度がある程度ある身体的なエクササイズで、それによってアタマやココロに閉じこもっているのではなく、「からだ」という事実のところに出てきてもらうこと。それと同時に、身体的に負荷のかかるエクササイズをするうちに多少とも疲れてくるということがポイントです。
      適度に疲れることによって,次の段階の「リラクセイション」の局面への移行がスムーズなることと、広義での認知行動変容が容易になる…という利点があるためです。このリラクセイション段階では例の「腕の立ち上げのレッスン」を導入して体験してもらいました。イギリスを含めて欧米では、イスに座っていることが基本なので、カーペット敷きとはいえ床に直接座ったり寝転んだりすることは文化的身体的に難しい面もあるので、この方法がそのまま使えるとは思えませんが、身体的ウォーミングアップから身心リラクセイションへの移行という展開の趣旨は、体験的にその意義を受け取ってもらえたのが良かったです。
      二時間の体験的ワークショップを終えてから、一時間のディスカッションとなりました。ケンブリッジの他の精神科病院でダンスセラピストを長年している方も参加してくれていたため、たとえば統合失調症などについてのかなり突っ込んだ専門的なアプローチについて議論が行われました。このあたりは専門的に過ぎるので割愛しますが、医師のように管理的な立場にいるだけではない現場のセラピスト達は、精神的な問題を抱えて地域で暮らす人たちや病棟の人たちの「生活の質」、あるいは病気をもちながら生活していくことを本当に大事に考えていて、どうしたらよいのか真剣にやりとりしていました。現場主義?の私は、こういう人たちに面倒を見てもらえたらいいなーと素直にそう思えました。

      ワークが終わり外はすでに真っ暗な中を、自転車通勤通学の人達が行き交います。オックスフォードもそうですが、ケンブリッジも、チャリの街です。私も負けずに、駅横の自転車屋さんでLEDの赤い尾灯を買って少し満足。各駅停車のローカル列車は、真っ暗な野原や小さな町を縫って進みます。行きは、前田真三の富良野の写真集のような風景でしたが…。揺れる列車の中で心地よい疲れを感じながら帰途につきました。Hatfieldからは、また寒風の中をチャリでアパートまでギゴギコと帰るのです…。ケンブリッジのあのセンターはまた行きたいな…。


  • ケンブリッジの「ソーシャル・インクルージョン・サービス」でのスタッフ対象ワークショップ2回目(1/29,2010更新)

      というわけで2回目、行ってきました!

      前回同様に、Cambridge駅から歩いて7-8分程度のセンターに向かいました。やはりそのまま裏口側にある小さなキッチンのところにたどり着き、やはりサンドイッチを食べていると、Anaさんがやってきて「今年もどうぞ宜しく!」という訳で、特に代わり映えもしないのですが、前回と違い私もノンビリしているし、前回参加してくれたスタッフも2回目とあってノンビリしている中でワークショップを始めました。

      三階にあるL字型のスペースです。ダンスセラピーや音楽活動のためのスペースで、楽器類も置いてある中で始めます。今回は、「導入」ということではなく、もう一歩、先に進むことにしていました。方向性としては、「ボディラーニング・セラピー」として行って来たアプローチの目的、身心ともにまるごとの存在そのものとして癒され深まること…です。

      精神科領域の病などをかかえている人々、サービス・ユーザーという言い方をしていました…、そうした人達へのサービスは、他の介護や介助の仕事同様に身心ともに負担が大きいものです。せっかく外部、それもニッポンなどという誰も知らないような東国からやってきた外部講師としての位置づけを積極的に生かして、センター内での職場の職域や序列や状況をすべて棚上げにして、「一人の生身の人間として少しでも穏やかで心地よく存在できる時間を体験してもらうこと」に向かうことにしていました。
      長身で穏やかな男性スタッフが一人参加してくれていたので、ワークの幅も少し広がりができて、そうした異質を等価にする方向性に進みます。
      1)第一の局面は、「心身のウォームアップ」で、身体を動かして暖まること、心身の機能がある程度活性化されること、そして、動きの中で他の参加者と関わることによる「社会的ウォームアップ」を進めてきます。失敗したりうまくいったりする中で、自然な笑いや爆笑が起きます。社会学的には「共笑い」…一緒に笑うというのは、その時点での社会的同一性の確認と補強になり、これは結果的に「安心で安全であること」を培ってくれるのです。それと同時に、身体的な動きを続けていくので,丁度よく自然に疲れていくわけですね。

      2)第二の局面は、「リラクセイション」の段階で、「腕の立ち上げのレッスン」を用いながら,床に寝転んで両腕を天井に向かって差し上げ、少ない力で支えられる角度や方法を探し出す…という意味での集中が要求されます。すると、すでに第一の局面で身心ともに適度に疲れていることと、その中での集中により自然に瞑想状態から,人によっては居眠りや半睡状態という「異なる意識状態 altered state of consciousness」に入っていくのです。もちろん、第1段階である程度の安心で安全な関係が成立しているので、変に意識を強く持つ必要もなく、「…まあ、いいかあ」という気持ちの中で意識レベルの深まりが実現されるわけです。人によっては、これまで感じたことのない程に深い安心感をもつこともあります。

      3)第三の局面は、そうした深まりからもう一度、身体を動かして暖まることにより、そろそろまた日々の生活のリズムに戻っていくための準備の段階となります。ノンビリと身体を起こしてもらいながら、他のメンバーと背中合わせになってお互いの背中をイス代わりにしながら,背中を温めます。「何だかホットスプリング(温泉)みたいですねえ」というと、メンバーはノンビリとウンウンとうなづきます。
      ここからは、いくつか異なるエクササイズが始まりますが、基本的な意図は、深まって弛緩した心身にもう一度エネルギーを取り戻して立ち上がり、再び世の中に出かけていくための態勢を作り出すことが目的です。ここでも、そうした動きの中で自然な笑いや爆笑などが起きる展開を目指していきます。笑うことは良いことで、身心ともに暖まり、心身のエネルギーが賦活されるきっかけを作ってくれます。立ち上がりいくつかの動きをした後で、別れていくための「こんにちは・またね」とエクササイズを他のメンバーと行い、それでおしまいとなります。
      1時間半程度にまとめて、その後に30分ほどの話し合いの時間をもちました。セッションの中で用いたいくつかの動きは「スタッフミーティングでもみんなでやってみようかあ」という提案が出たりして少し嬉しくなります。

      しみじみとした静かで素敵な時間です…。三階のレッスン室からケンブリッジの街並みが見え、穏やかな夕日が見えます。ノンビリとした素敵な参加者の間に挟まり,私も穏やかな良い時間を一緒に過ごしています。お茶を入れてもらい、甘いお菓子を一つ二ついただき、静かに感想を交換します。ときおり、大笑いなことも起きますが,本当に得難い良い時間です。(仕事がらみの精神科領域の話題も出ましたが、それは割愛します。)

      私は元々研究者で,研究することにより真実に近づいていくことに大きな魅力を感じきていますが、ここでの時間と体験はそれとは違い、「生身の存在としての交歓」というリアルな時間を味わうことに、「真実」を感じていけることが何にもまして有り難い体験となっています。

      非常に偉いわけでもなく、非常に恵まれているわけでもなく、そうした限界の中でその人なりに生活をして、自らの仕事として他の人達をサポートすることを選び、そうやって生活して人生を過ごしてきている人々…。それは日本もイギリスも他の国もあまり関係なく,人として一つの自然な姿だと感じます。

      人は一種の群生体というか、個々人の個別の存在という生物的な実質とは別に、関わりと関係の中で生かされている存在だとしみじみ感じてしまいます。青臭く孤独で過激だった青年期の私とは異なり、今の自分は、そうやって人々の間に一緒に居る「一個の存在者」として、ありがたさとある種のいとおしさを感じることが多くなっています。

       
      昨年からのイギリス滞在とその他の国でのワークショップ指導を通じてつくづく感じることは、本質的な意味での個々人の弱さ(生物としても社会的存在者としても)と同時に、だからこそ、人は関わりと関係の中で生きているのだということです。当たり前のことですが(^_^;。


      Cambridge駅は寒風が吹き抜け寒い中、ホットチョコレート(ココアです)を飲もうとプラットフォームの小さなスタンドの前に並んで待っています。ここの人(イギリス)は、自分のペースで注文をして、店の人も自分のペースで仕事をして…誰も慌てないし急いでいないことが多いです。たまに見知らぬ人と普通に言葉を交わします。
       北海道・札幌という凍える街では、言葉も唇も凍っていることが多く、そうした土地で人生のほとんどを過ごしてきた私は,自然には言葉が出ず人との普通の関わりも苦手でした。ずーっと独りぼっちで生きてきてしまったような、後ろ暗さがつきまといます。

      やってきた列車に乗り込み、ホットチョコレートをフウフウ言いながら飲み、小さなパンを食べます。通勤時間帯という訳ではないようで、座席もそんなに混んでいません。Cambridgeから1時間ほどで着くHatfieldまでは、その日のワークの内容のメモをとり、次にまた呼ばれたときはこんなふうにしようとか、今回はあそこでああすれば良かったなあ…といか、思い出しながらメモを書いていきます。

      ずいぶん暗くなり幻のようになった車窓の景色を眺めながら、ふと思ったことは、今日のワークショップで良い時間をもったのは参加者達よりも,私自身だったということでした。普通に生活して人生を過ごしてきている人達のもつエネルギーの中で過ごし、癒されたのは私の方だった…としみじみ感じていました。一杯のホットチョコレートに身も心も緩んだのでしょうか…。
       


visiting researcherとして下記にて研究しています。

(C/O) Professor Helen Payne,
303 Meridian House,32 The Common, Hatfield,
Herts AL10 0NZ, UK

School of Psychology,
University of Hertfordshire, UK


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