葛西俊治「身体心理療法」2009-2010
〜イギリス通信〜


  1. リガ(ラトビア)でのダンスセラピー・ワークショップ指導 (3/19-20,2010)

    • 今回、2009年度の年度末、イギリスでの一年間の留学研究の最後の月に訪問することになったのにはいろいろと事情がありました。首都のリガに住むシモーナさんという人から、一昨年から舞踏ワークショップを依頼されていたこと。2009年9月にロンドンで開催されたECArTE会議(全ヨーロッパのアーツ・セラピーの国際会議)に参加した際、ラトビアから参加していたインドラさんというダンスセラピストからもダンスセラピーのワークショップを依頼されていたこと。そして、次の項目に書きますが、同じバルト三国の一つとしてラトビアの北側にあるエストニアのダンスセラピストからも同様にワークショップを依頼されていたためでした。

       リガの「自由の記念碑」

      リガの中心街、札幌の大通公園的な所にある独立記念碑「自由への記念碑」(ロシアからの独立です:1991)、そこから徒歩で5分くらいの古めかしい7F-8F建てのビルのアパートの一室を提供されました。シモーナさん、かつてシアターの主宰者で演出家だった老人のモデリスさん、その娘さんなどが居住する空間でラトビアの質素な食事をいただきながら過ごしました。
      モデリスさんは英語をあまり話さないのですが、達者なロシア語なので、私のつたないロシア語には困り果てながらもそれなりに会話が進みます。ユーゲント様式というギリシャ風の彫刻をビル全面に施した建築物の話とか…。この辺りはシモーナさんによる英訳ですけれども。さて、四時間の舞踏を中心にしたワークショップと、ダンスセラピストなどの専門家を対象にした6時間の集中ワークショップとなりました。

    • ★ 続きです。

    • 初日・二日目とも、ダンスセラピストのインドラさんが経営するスタジオで実施となりました。イギリスでもそうだったのですが、ヨーロッパのセラピストは自分自身のスタジオやオフィスなどを自ら経営していることがよくあります。家賃なども大変だと思うのですが、インドラさんはイギリスのブリストル大学のダンスセラピー・コースと連携していて、お互いに教授などの指導陣が行き来しながら,ダンスセラピスト資格となる修士課程で必要な実習と単位を提供しているとのことでした。(初日の舞踏レッスンは、シモーナさん他15名前後の参加者にとっても私にとっても、大変に良いワークとなりましたが、ここではふれないでおきます。(^_^;)

      二日目のダンスセラピストのための専門的なワークショップは、実習時間6時間が履修単位として認められるので、ダンスセラピスト以外の資格を持ちながら参加する人や、現在修士課程で勉強中の学生も参加しました。私は日本ダンス・セラピー協会の認定ダンスセラピストそして、大学教授として、資格認定用の単位の証明書に後で20枚ほどサインすることになりました。

    • ダンスセラピーの専門家を対象に指導するワークショップというのは実はそれほど多くはありません。普通は、参加者の中にそうした専門家が数名混じっている程度なのですが,今回は基本が「ダンスセラピー関係者」で、実際に精神科の病院や施設などに勤務している人も何名もいたので,久々に手応えを感じながらのセッションとなりました。
      といっても、すでにECArTE会議で私のアプローチが、ヨーロッパのダンスセラピストにとっても十分に効果的であることが 分かっていたので、私の精神科ディケアでのセッションの内容を、テクニカルな説明を加えながら丁寧に進めていくことにしました。骨子は「第一局面:身心と関係のウォーミングアップ」「第二局面:腕の立ち上げレッスンによるリラクセイション」「第三局面:(安全で安心なワークショップがおわって)再び通常の社会に戻っていくためのウォーミングアップ」です。

    • さすがに手応えがあったのは、アグレッション発散に関わるエクササイズのときでした。「アグレッション」と言うと、やたら力強く怒ったり怒鳴ったりといった内容を思い浮かべたりしますが、そこは精神科領域でのセッションなので、そうした粗雑な内容ではなく「アグレッションの程度と制御」に関わるものでした。特に、もっとも微妙なレベルでの「アグレッション」とは、一見するとアグレッションという言葉の意味から離脱しそうなくらいに「穏やか」なものです。
      特に、陰性症状(身心ともに活動性や活動量などが極めて低下している状態)の多い精神科での参加者は、怒鳴ったり怒ったりなどのレッスンをする必然性もなく、「他者と関わる」という基本的なレッスンであってもそれで十分に「アグレッシヴ」といえます。
      私はそうした場面では、たとえば「糸引き」というレッスンを導入することが多いです。これは、10センチ以下の短い糸(透明の…(^_^;)をポケットから取り出して「…よければ、糸の反対側をつかんでもらえませんか?」と働きかけるものです。有り難いことに、参加者の中にはおずおずとしながらも糸の反対側をつかんでくれたりするので感謝しながら「…そのつかんだ糸をゆっくり引っ張ってもらえませんか。そうすると私は引っ張られますから」と言ったような説明をします。
      またここでも有り難いことに、引っ張ってくれる人がいるので私は心地よく引っ張られ、場合によってドンドンと引っ張られて相手について行くことになります。

      これがアグレッション…のレッスンなんですかあ?!
      はい。そうです。
      他者があなたの前や横に存在してしまうこと自体が、その人にとって「offending 感情を害する・怒らせる・傷つける」ことであり得るし、さらに、他者を自らの意図と意志に基づいて「引きずり回す」(糸をひっぱってくれているので、こちらとしては相手について行くだけですが)ことは、立派にアグレッシヴな行為として成立することがあります。

    • リガでのワークショップでは、このような微細なレベルでのレッスンに的確に反応してくれる人が多くいたことが私にとっては本当に印象的なことでした。この程度の基本的なレッスンですら言葉を費やして説明しないと理解されないことに私はこのところ本当にっかりしていたのですが、いや、きちんと分かってくれる人達がいるのですねえ…。本当に有り難いことです。
      ということで、リガでのワークショップ指導は、自分自身の専門性の幅 (高さ?奥行き?)を確認しながら進めていける,大変に貴重な場となりました。ちなみに、極度に「offending 攻撃的」なレッスンとして相手を侮辱する行為を含むものを体験してもらいました。すると、虐待された体験のある子供達を相手にしているという参加者から「あり得ない!」という反発がありました。その通りです。そのような「挑発と侮辱」(多くはダブルバインド的な罠が仕掛けられています)によって 人が傷つけられていく過程の実習となりました。かなりしんどいレッスンでしたが、参加者の理解力が高いので,ここ数年、やらないできたレッスンが実施できたのでした。
      第三局面の再度のウォーミングアップ(外の寒い世界へと再び歩み出て行くための準備)では、涙目になるほど笑いこけたりしながら身心に活力とエネルギーを生み出し、ワークショップを終了しました。参加者からは素敵な笑顔とハグをたくさん体験させてもらえました。
      シモーナさん、インドラさん(ラトビア語とロシア語を英語にしてくれました。凄いですねえ…)、貴重な機会をつくって頂いて、本当にありがとうございました。

      *インドラさんは、自らのスタジオなどを経営するなどの手腕がありますが、人当たりは極めて柔らかく暖かく、笑うと目が無くなるほど細くなる人です。ヨーロッパの人でそのレベルまで柔らかな物腰の人にはなかなか巡り会えないでいましたが、そういう素敵な人はやはり探せばいるものなのですね…。しみじみそう思いました。



visiting researcherとして下記にて研究しています。

(C/O) Professor Helen Payne,
303 Meridian House,32 The Common, Hatfield,
Herts AL10 0NZ, UK

School of Psychology,
University of Hertfordshire, UK


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