葛西俊治「身体心理療法」2009
〜医学的に説明されない症状の人とのDMT〜

(July 16, 2009掲載)

 医学的に説明されない症状の人への身体心理的アプローチ


 "The Body Mind Approach for Those with Medically Unexplained Symptoms"

[研究]
 医療機関では身体的な疾病としての診断を得ることが無く、しかし本人は長い間、身体症状に苦しんでいる…。アメリカやイギリスではそうした人はかなりの人数に上り医療的な経費が相当な金額となっている実態が説明されました。ダンスムーブメント・サイコセラピー(イギリスでの位置づけ)を中心にした身体心理的アプローチ(ヘレン先生らによる)が極めて有効であり、なかには長年の身体症状が減っただけではなく消えてしまった人たちもいた…という事実は驚くべきものがあります。
 
 

  Helen Payne
"Pilot study to evaluate Dance Movement Psychotheray (the BodyMind Approach)
in patients with mededically unexplained symptoms:
Participant and facilitator perceptions and a summary discussion"
Body, Movement and Dance in Psychotherapy, Vol.4, Issue 2, August 2009 pp77-94

 
[試訳]

ヘレン・ペイン
「医学的に説明されない症状の患者における
ダンスムーブメント・サイコセラピー(身体心理的アプローチ)の
評価についての試験的研究」


要約 (abstract)
 この研究の主たる目的は、医学的に説明されない症状(MUS)をもつ参加者が自らの身体的症状についての知覚を変化させ、またそうした見通しからそれ以外の利得を得られるものなのか否かについて、ダンスムーブメント・サイコセラピー(DMP)(Payne, 1992, 2006a)に基づく身体心理的アプローチ(BMA: Body Mind Approach)をもちいた12週間のグループワークに沿って探求し体系的に分析することである。
 本研究では、中程度の不安ないしウツを伴う慢性的なMUS(二年以上)の患者を募った。これはクロスオーバー研究デザイン(対照集団と被験集団とが同一の意)であり、参加者は自らの意志に基づいて行動した。数量的データとしては、標準的な質問紙、医師の訪問回数と投薬についてのセルフレポート、また、質的データとしては参加者との半構造化面接によるものを、事前、事後、および3ヶ月後のフォローアップにおいて得た。ファシリテータ進行の記録も、セッション過程の理解における異同を引き出すための比較分析において分析された。参加者はプライマリー・ケアから募集され、セッションは地域のプライマリー・ケアの枠組みで行われた。
有資格者であるムーブメント・セラピストによって促進されたグループの、特に支持的な性質によって、こうしたセッションによって参加者は活動レベルを上げ、身体症状からの苦悩を低下させ、健康の自己管理を増大させ、全体的な健康度(well-being)を改善させ、生活上に肯定的な変化をもたらすことが見いだされた(Payne, 2009a; Payne and Scott, 2009)。さらに、服薬も減少あるいは安定し、さらに医師を訪れることも稀であった。こうしたすべての結果は三ヶ月後のフォローアップにおいても維持されていた。
本研究により、MUSの患者は、健康の自己管理における感じ方(perception)と行動面における変化を促進するために、意図的に身体と心理の相互関係を用いた本アプローチによって、有意に大きな恩恵を受けることが実証された。この身体心理的アプローチは、参加者の反応および臨床的な過程の記録分析の双方において成功していることが見て取れた。
次には、さらに「通常の処置」を行う対照グループを加えた、第二次的(phase-two)な研究の必要性が示唆された。




Helen Payne "Medically unexplained symptoms and the bodymind approach"
Published in Counselling in Privary Care (January, 2009)
(準備中)


  • 「医学的に説明されない症状をもつ人 M.U.S.」を対象にした身体心理的グループワークが極めて効果的だった、というHelen Payne教授らの実践と研究報告は衝撃的です。それは、「主訴となっている原因不明の身体症状(二年以上経過)」が減少したり解消したといった結果だけが衝撃的なのではなく、ダンスムーブメント・セラピーの今後の展開を考えていく大きなきっかけとしても衝撃的といえます。

    1. 医療関係ではラチが開かないこと

       MUSの人たちは医療関係者からは疑惑の目を向けられあるいは嫌われ、本人達はまたココロのみを対象としている「心理療法」では問題の解決につながらないと思い、あるいは実際に無力だったことを体験済みだったりしています。その意味で多くの場合、様々なサポートの届かない「すき間」に置かれているといえるでしょう。


    2. 身体心理的アプローチは現在の日本の臨床心理学では中心になっていないこと

       臨床心理士養成一種あるいは二種のカリキュラムをもつ大学院修士課程では、若干の相違はありますが、いわゆる、ロジャーズ的な心理カウンセリングがその中心になっていて、身体心理的アプローチの実習はもちろん、そうした基本的な理解や指導は必ずしも十分とはいえません。また、そうした実態がこの数年以内に変わる予兆もありません。したがって、オーセンティック・ムーブメントなどを含む身体心理的アプローチを主体にしているダンスムーブメント・セラピストの経験と力に頼るという選択肢が生まれてきます。

    3. ダンスムーブメント・セラピーは身体的および心理的アプローチであること

       当たり前のように聞こえますが、身体心理的なアプローチを中心にしている領域はそれほど多くはありません。もちろん、医学的に説明されない症状の人たちが参加者となるわけですから、すでに医学、理学療法その他の身体的なアプローチは最初から対象外となります。また、上に述べた理由で、臨床心理士(身体心理的アプローチの方もいますが…)の方もおおむね該当しないことになります。現時点でそうしたニーズに一番近いのがダンスムーブメント・セラピストということであり、身体と心理との接点をアプローチの基本にしているのがダンスムーブメント・セラピーというわけです。

    4. ダンスムーブメント・セラピーでは小集団でのアプローチを基本にしていること

       MUSの人たちが12回のセッションで理由不明の身体症状を減少/解消していった訳ですが、そのセッションは基本的に小集団によるグループワークであったことにも大きな意味があります。Helen Payne教授は「身体的・心理的・社会的アプローチ」(正確にはbio-psycho-social approach)と呼んでいるように、原因不明の身体症状に苦しんでいる他の人たちと出会い、かつ、そこに身体心理的アプローチの専門家であるダンスムーブメント・セラピストが支援的に関わっているという「関係」構造が、問題の改善解消に有効であると考えるべきでしょう。
       ここで、ロジャーズ的な共感的なアプローチがその基本にあることは間違いないわけですが、現在の臨床心理学は個人面談がその中心になっていて、小集団力動(ホーソン研究などの経営行動科学、)やリーダーシップ理論(マクレガーのXY理論、三隅のPM理論)などの学習や訓練は全く含まれていません。(「集団療法」という科目はありますが…)。
       現在のダンスムーブメント・セラピーでもそうした理論的学習がなされているわけではありませんが、アプローチの実際が小集団であることによって、アメリカのADTAをはじめ、イギリスのADMP UKにしても、グループアプローチについての経験的・理論的蓄積が明らかに勝っているという印象があります。

      ダンスムーブメント・セラピーのセッションの基本は、参加者の心身連関というつながり、参加者間のつながり、ファシリテータとのつながりという「関係性」に焦点があてられているといえます。、Helen Payne教授は、MUCの人たちが全体的に症状の改善や解消に至ったメカニズムについてはまだ明確に指摘する段階にはないようですが、「ダンスムーブメント・セラピーをもとにした身体心理的アプローチがMUSに有効だった」という事実それ自体が、こうした「3種類の関係性」の意義を指し示しているといって良いでしょう。


  • 試験的なセッション実施に向けて

    1. 指導を担当するのはダンスムーブメント・セラピストであること

      以下、「特定のこうしたセッションを担当するにふさわしい人」という意味に限定して書きます。
      少なくとも日本ダンス・セラピー協会認定資格「ダンスセラピスト」「アソシエイト・ダンスセラピスト」であることが必要と思われます。アメリカ、イギリスではそうした資格は最低でも(専門の)大学院修士課程において取得する位置づけにありますが、日本ではまだそうした大学院はありません。その意味では日本の資格制度は欧米の位置づけには届きませんが、その反面、日本ダンス・セラピー協会資格はそれなりの実力と適性がないと簡単に取得できない状況があり、JADTA資格には一定の実質があります。 (グループセッションの指導経験と実力がなければ資格取得が不可能のため)。
      私自身の経験からいえば、アメリカ、イギリスでの有資格者とJADTA資格者は(質的な相違はありますが)、全体的には特に遜色ないと思います(欧米の有資格者にもバラツキがあります)。なお、臨床心理士、作業療法士、精神保健福祉士などの資格については、現場での集団療法などの実践経験が長い方あるいは個人的にこうしたセッション経験の豊富な方を除けば、必ずしもこうした特定のセッションに向いているとは思いません。

    2. 対象となるMUSの人は、医師などからそのように認められた人に限ること

      自己申告でMUSというのは多種多様な内容を含む恐れがあり、セッションの進行そのものも難しくなるでしょう。また、セッションの効果を明確に見定めるという目的から「医学的には説明されない身体症状をもっている人」に限定する必要があります(Helen Payne教授はMUSが二年以上続く人に限定し、医療機関にパンフレットをおいてもらって募集。また参加者として対象にならない人についての詳細な除外リストが適用されています)。現実に本人がMUSの苦しさから状況がそれなりに改善・解消されたとかどうかを(質問紙を用いて)効果の指標とします。

    3. 毎週一回、一回二時間。3ヶ月間で合計12回参加できる人

      毎週一回来て、3ヶ月間というのは長い期間です。それに参加するほどの人たちは本当にMUSに苦しんでいるわけですし、そういう人たちだからこそセッションを実施してそれなりにサポートしていければ、という担当する側の意欲にもつながります。また、こうした研究計画の場合、6回〜16回程度が標準的な回数となっていて、三ヶ月というのはきりの良い期間ともいえます。(なお、通常は90分程度のようですが、毎回、終わりに自分のためのメモなどを書いてもらうことや、リラクセイションを含むと時間が足りなくなるので二時間で行ったとのことでした。) 回数、期間は実情に合わせて計画する必要があるでしょう。

    4. 参加者はファシリテータとアシスタント(コ・リーダ)がいる場合は8名程度、ファシリテータだけならば4-5名程度

      これについては、参加者一人一人に目を届かせて適切な進行をするためには「この程度の人数…」と了解されることと思います。MUSという身体症状に苦しんでいる参加者であるということを念頭に、多すぎるのは目が届かず、少なすぎるとグループとしての機能が弱くなることを考慮して適正な人数を考えます。(Payne教授の例では4-5名程度にファシリテータとアシスタントという陣容でした)。

    5. セッションの三つの期間

      初期・中期・後期 各4回ずつで考える。
      導入期から進展を経て、集結へと進んでいくという展開です。以下はダンスムーブメント・セラピーではおなじみの内容とは思いますが、Payne教授の例を挙げておきます。

    6. 毎回のセッションの構成
      [省略]

    7. 事前・事後・三ヶ月後のフォローアップにおける調査票
      [省略]


      *省略部分は実施の根幹となる内容なので、サイトには掲載しません。
       関心のある方は直接お尋ね下さい。(^_^v


visiting researcherとして下記にて研究しています。

(C/O) Professor Helen Payne,
Meridian House,32 The Common,Hatfield,
Herts AL10 0NZ, UK
School for Social, Community and Health Studies,
University of Hertfordshire, UK

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