(試訳 葛西俊治 Jun 6, 2009)

身体指向的心理療法が統合失調症の陰性症状に及ぼす効果:
無作為化による統制の試み

Effect of body-oriented psychological therapy
on negative symptoms in schizophrenia:
a randomized controlled trial


Frank Roehricht and Stefan Priebe

Psychological Medicine, 2006, 36, 669-678, 2006



要約

背景

統合失調症患者の投薬耐性的な陰性症状への対処を改善するためには、新たな対応が必要とされる。神経心理学的な考察と過去の文献における報告は、身体指向的心理学的療法(BPT)に潜在的な可能性があることを指摘している。本研究は、無作為化による統制を行い、慢性統合失調症の陰性反応に対するマニュアル化したBPTの効果を検証するべく計画された最初のものである。

方法

DSM-IVの継続的統合失調症とされる外来患者が、BPT(n=24)あるいは支持的カウンセリング(SC, n=21)のいずれかへ無作為に割り当てられた。いずれの療法も小集団における通常の治療(10週間にわたり20セッション)に付加されて実施された。「陽性陰性症状評価尺度(PANSS)」における陰性症状の変化が、基準値(ベースライン)、治療後、四ヶ月後のフォローアップの間で測定され、「治療の意図による分析」(Intention-To-Treat analysis)の基本的な結果基準とされた。

結果

BPTを受けた患者はより多くのセッションに参加し、治療後の陰性症状スコアには有意な低下が見られた(PANSS陰性尺度、情動の平板化、運動減退)。変化は四ヶ月後のフォローアップにおいても維持された。精神病理学および主観的QOLといった他の側面でどちらのグループにも有意な変化はなかった。治療への満足および治療的関係への評価も両グループで類似していた。

結論

慢性統合失調症の患者の陰性症状に対してBPTが効果的な治療法であろう。この発見はより大きな標本サイズでの研究と、関連する治療メカニズムを探索する詳細な研究とを喚起するものである。



ABSTRACT

Background.

In order to improve the treatment of medication-resistant negative symptoms in schizophrenia, new interventions are needed. Neuropsychological considerations and older reports in the literature point towards a potential benefit of body-oriented psychological therapy (BPT).
This is the first randomized controlled trial specifically designed to test the effectiveness of manualized BPT on negative symptoms in chronic schizophrenia.

Method.

Out-patients with DSM-IV continuous schizophrenia were randomly allocated to either BPT (n=24) or supportive counseling (SC, n=21). Both therapies were administered in small groups in addition to treatment as usual (20 sessions over 10 weeks). Changes in negative symptom scores on the Positive and Negative Symptom Scale (PANSS) between baseline, post-treatment and 4-month follow-up were taken as primary outcome criteria in an intention-to-treat analysis.

Results.

Patients receiving BPT attended more sessions and had significantly lower negative symptom scores after treatment (PANSS negative, blunted affect, motor retardation). The differences held true at 4-month follow-up. Other aspects of psychopathology and subjective quality of life did not change significantly in either group. Treatment satisfaction and ratings of the therapeutic relationship were similar in both groups.

Conclusions.
BPT may be an effective treatment for negative symptoms in patients with chronic schizophrenia. The findings should merit further trials with larger sample sizes and detailed studies to explore the therapeutic mechanisms involved.



はじめに

精神病に対する治療法の改善にも関わらず、統合失調症患者はしばしば症状が継続し完全な寛解は稀である(Sheitman & Lieberman,1998)。Andrewsら(2003)は、現在の治療処置では統合失調症者の負担のわずか13%しか防ぐことができないと結論づけた。主要な陰性症状と欠陥症候群(deficit syndrome)は特に治療耐性があるので(Arango et al. 2004)、統合失調症の陰性症状をもつ患者の治療には新たに効果的な戦略を発展させる必要性がある。

 こうした文脈において、身体指向的心理療法(BPT)、あるいは研究文献では「身体心理療法」(Staunton, 2002; Totto, 2003)とも言及される研究には価値があり、そこには少なくとも二つの理由が存在する。一つは統合失調症への身体指向的治療にかる肯定的な報告が文献にあること、もう一つは神経心理学的な研究である。

 BPTは精神医学の身体指向的治療という長い伝統に関わる。20世紀当初、精神分析医FerencziとReichは、精神分析の適用による限界を乗り越えるために、非言語的で身体指向的治療を試していた。こうした考え方に影響を受けた初期の試みは、カリフォルニアのダンスセラピストSchoopにより引き継がれた。彼女は1959年に統合失調症の入院患者を対象にワークを開始した。彼女の「身体的自我(body-ego)」技法は患者の注意を「身体の姿勢や動き…身体的自我の境界…そして現実との接触と動きの中での経験」に焦点化させることをねらっていた(May et al. 1963; GOertzel et al. 1965)。ある試みではこの技法での治療を受けた患者達には、統制・特に情緒的接触・運動性・そして全体的機能との比較において、有意な改善が示された(Goertzel et al.1965)。さらに、4つの統制された研究、そのうち3つは無作為化されたものが、非特定注意non-specific attntionや音楽療法、フィットネス訓練と比較された(Goertzel et al. 1965; Darby, 1970; Nitsun et al. 1974; Seruya, 1977)。これからの研究はすべて1980年以前に行われ、結果の基準についての定義の曖昧さ、精神病理の系統だった査定の欠如、投薬についての記録の欠如、「治療の意図による分析」(Intention-To-Treat analysis)の欠如など、方法上に重大な欠点がある。にも関わらず、陰性症状を指し示すものを含むさまざまな出力変数上に、そうした実験的治療には好ましい効果があることを示す結果となっていた。

 身体指向的治療というアプローチは現象学的な発見と、動きと感情経験は生物学的および経験上結びついているという仮説に基づく(Priebe & Roehricht, 2001; Roehricht &Priebe, 2002)。これは大脳辺縁系、特にextended amygdala(扁桃体部位)と基底核の間にある解剖学的および機能的に密接なつながりによって確認される。このことはまた、「動きと感情とが共通語common speechとしてどのように結びついているか」に関するTrimble(1997: 114)による観察からも(したがって「動き=感動」する経験a moving experience)強調される。

 2つの主要な陰性症状、すなわち、情緒的引きこもりemotional withdrawalあるいは情動平板化affective blunting、そして運動減退motor retardationとが、特に身体指向的治療へと向かわせる。それらの非認知的性質からすると、感覚的覚醒(sensory awareness)の技法と感情的動作という刺激を結びつけている非言語的方法によって、もっとも良く対処されよう。

 こうした背景を受けて、本論文の第一著者は、持続する陰性症状に苦しむ統合失調症患者へBPT治療マニュアルを定義した。著者らは近年では初となる、無作為化による(統計的)統制に基づいた統合失調症患者へのBPT治療の試みを報告する。この試みにより、統合失調症外来患者における陰性症状低下にBPTが有効であるという仮説を検証する。non-specific attention(非特定的注意?)及び構造化されたグループ活動の影響を制御するために、BPTの結果を支持的カウンセリング(SC: supportive counseling)にるものと比較した。
方法

募集と手続き

 本研究は、イギリスの東ロンドン区で実施された。患者は地域の精神衛生サービス部門からの照会者から募集された。本研究は北東ロンドン戦略的健康局倫理委員会North East London Strategic Health Authority Ethics Committeeの承認を受けており、研究への登録に先立ってすべての患者から事前説明への同意文書を得た。
 研究では次の選択基準を用いた。すなわち、年齢20-55歳、DSM-IVによる統合失調症の確定診断、少なくとも2回の急性精神病症状の再発、入院治療後少なくとも一ヶ月以上経過(研究時は外来患者)、少なくとも6ヶ月間統合失調症の強い陰性症状の継続があり次の基準の者: すなわち、陽性陰性症状尺度(Positive and Negative Symptoms Sacle PANSS)の下位尺度として、「陰性尺度>=20」および/または異常活力欠乏「Anergia 項目>=6」(情緒的引きこもり、運動減退、または情動平板化: 6=severe)、研究に参加する前に安定した投薬を受けていること。また、除外基準は次の通り: 脳の器質的な病気、極度のあるいは慢性の生理学的疾病、そして初診時の薬物乱用substance misuse as primary diagnosisである。治療への割り付けを知らされていない、経験のある精神科医一名が、すべてのスクリーニングと基準base lineと結果評定を行うものとして、評定用具使用の訓練を受けた。照会された患者は全員、選択基準を満たすかを確定するためのスクリーニング面接の予約を行った。適合した患者は、その面談時に(以下に示すように)さらなる査定を受け、BPTかあるいはSCという2つの治療条件を、通常の治療に追加して、そのいずれかに無作為に割り当てられた。割り当ては、データ収集や評定に関わらない研究コーディネータがシールされた封筒を開けることによった。こうした手順はブロックごとに行われた。すなわち、それぞれの治療グループを満たすために研究に必要な十分な人数の患者が募集され、患者達はそれぞれ無作為に割り当てられた。

治療条件

 それぞれの治療群のすべての患者は地域精神医学サービス(TAU)によって提供される通常のケアに加えて心理学的グループ治療を受けた。治療計画は実験期間中、実質的に変更なく行われた。BPTとSCのそれぞれのグループサイズは8人を上限として、10週間にわたって60-90分のセッションを20回提供することを目標とした。
 研究において治療を提供する治療者達は患者のケアを担当に関わることはなかった。非常勤の一人のダンスセラピストがBPTを実施した。二人の看護師の治療者は、事前に統合失調症患者への心理学的セラピーを行う訓練と経験をしており、その二人がSCを実施した。治療者達は全員、統合失調症の患者と長年関わってきており、研究に先立って本研究固有の訓練に参加していた。彼らは後で、所定の治療マニュアル(それぞれのセッションの筆記録に基づいて)を遵守していたことを確認するために、それぞれ3回のスーパービジョン面談を受けた。

身体指向的心理学的療法(BPT)

 身体指向的心理療法による治療には異なる流派が発展してきたが、それぞれの創始者は用いられる治療戦略には根源的な一貫性と実質的な重複があることを認めている。(例えば、Guimon, 1997; Staunton, 2002; Totton, 2003)。本研究の治療マニュアルは、入手可能な証拠をもとに規定され(第一著者により)、様々に異なる技法(例えばKrietsch & Heruer, 1997; Scharfetter, 1999)を統合し、臨床的に焦点化され特定の症状に向けた方法となることを狙っていた(全体の内容についてはRoehricht,2000を参照のこと)。

(1)非言語的技法の導入を通じてコミュニケーションの障壁を乗り越えること。
(2)身体に向けて認知的感情的気づきに再焦点化すること(身体的現実、調整と空間的見当識)。
(3)活動と感情的反応性を刺激すること。
(4)自身の潜在能力を探ることを促進すること、身体的な強さと能力に焦点化すること、創造性、信頼性、喜びと自己表現の源としての身体を経験すること。
(5)機能不全となっている自己知覚を変えること。
(6)境界喪失、身体的自我感の喪失そして身体図式の混乱といった、共通の精神病理学的特徴へ向かうこと。

BPTは次のように決められたセクションごとの形式の中で実施された(介入例はそれぞれのセクションごとに表示)。

(A)開始のサークルとチェック:「どのように感じていますか、身体の感じはどうですか?(例えば暖かい、冷たい、緊張している、へなへなしている)。エネルギーの程度について述べて下さい。身体的な気づきの中心にどこにありますか?」床に円をつくって座り簡単なウォームアップや柔らかいボールや風船やお手玉などの小道具を用いたコミュニケーションを行う。

(B)ウォームアップ: 円になって立ち、身体の様々な部分を用いたり、振る動きやストレッチやジャンプなど質の異なる動きによりウォームアップを続ける。グラウンディングgrounding、ボディ・センタリングbody-centeringや身体的気づきの技法やエクササイズを行う。とくに、呼吸や脈拍といった基本的な生理学的機能に焦点化する。様々な歩き方でいろいろな方向や速度に移動する動きを行う。例えば、きびきびと方向の定まった歩き方をだらだらした歩きや這うような動き、ジャンプ、方向転換と対比する。身体の中と身体の外の空間の広がりを探索する。

(C)構造化された課題: 自分のすぐそばの空間を小さくまた大きく三次元的に探索する。ロープなどの小道具を用いて自分自身の境界を画定する。相手を見つけて、相手のやりとりの中で自らの境界線をはっきりと画定する。お互いの動きを真似してミラーリング練習をする。静止した状態で動きをリードしたり真似をしたり、次には、一貫していて自明であり動的な身体的自我body-egoを探索するために歩き回りながら行う。たとえば、踏みつける、撫でる、隠れる、守るなど、感情に即した動きを探索する。一人あるいは共同で紙に身体イメージの像を創作したり、内的あるいは外的な身体図式body-schemaを比べる。

(D)創造的な動き: グループに戻り円になる。参加者は一人一人、グループの中で一連の動きをリードする機会をもつ。リズミカルな音楽に触発された純粋に即興的な動きを創作したり、様々なスポーツをテーマにした具体的な動き、あるいは感情とその反対感情に関わるようなものでよい。グループ全体での彫像の創作。「こうした動きのレッスンに会わせられますか?リードしたときや真似をしているときにストレス、不安、不快、喜び、自信などを感じますか?」というように思いを巡らしながら行う。

(E)終わりのサークル: グループでの経験やエネルギーレベルを思い起こす。自分にふれるなどの簡単な身体指向的な練習を用いて自分自身に再焦点化する。言葉で統合する。

支持的カウンセリング(SC)

 この方法の基本原理は別のところで述べられている(Tarrier et al. 1993; Valmaggia et al. 2005)。本研究において、治療者は核となる陰性症状に関連して、個々人の問題とそれに対応する問題解決の方略に焦点化した。はじめに治療者はグループ参加者の間に安全で支持的な雰囲気づくりを促進した。次の段階では、参加者は意欲の欠乏や活動を始めることの困難さや感情的な反応の欠乏などの特定の問題に関連して話す機会が与えられた。グループは続いて自らの経験を話すディスカッションへと進んだ。そうした症状が生活に与える影響やそうした問題の原因となっている事柄を特定するように試みた。次に治療者は良い実践例を強調するようにした。たとえば、すでに確立している対処方略coping strategiesや、個々人の問題についての解決策を明らかにするような創造的な試みなどである。続いて、終わりの言葉を述べ、セッションの中の様々な側面をまとめた。

標本サイズ

 この探索的研究では、(統計的)検出力の計算power caluculationは、統合失調症の持続症状について他の治療様式の文献にある効果と比較するために、中から大程度の効果サイズeffect-sizeを検出するという目的に基づいて行われた(Kuipers et al. 1997; Durham et al. 2003)。全員で患者数40-60人という標本数による研究は、5%有意水準の両側検定では、効果サイズ0.6を検知する際には55%の検出力があり、効果サイズ0.8とすると81%の検出力がある(Cohen 1992; Tarrier et al. 1993)。
*訳注 effect size は,処理群の平均値(Me)と対照群の平均値(Mc)の差を標準偏差で割ったもの。
 
主要なおよび二次の結果評定

 患者は、事前及び治療後と4ヶ月後のフォローアップ時に評定が行われた。治療者と評定研究者の仕事は、評定者への事前影響のないこと(blind)を確実にするために厳密に分離され、患者は治療後の評定からフォローアップ面接が終わり質的データが収集されるまでの間、治療内容の詳細を漏らさないように求められた。

 研究の主要な結果測定はPANSSに付随する下位尺度上に評定された陰性症状の度合いであった(Kay et al. 1987)。特に、「感情鈍麻」および「自発的動作の減少」(心理運動遅滞)の変化の評定によった。というのもこれらの症状が慢性統合失調症の「中核的陰性症状」(Liddle, 2000)と見なされているためである。また、陰性症状は向精神薬投与による錐体外路系の副作用に付随することがあるため、錐体外路症状評価尺度Simpson-Angus Extrapytamidal Symptom Scale (EPS; SImpson & Aungus, 1970)を用いて記録された。向精神薬の処方は、治療結果への影響を評価するため、クロルプロマジン等価として調査の3点で記録された(Atkins et al. 1997; BMA, 2003)。

 その他、精神病理症状(PANSS陽性尺度とPANSS陰性尺度)及び「主観的生活の質」(SQOL)も二次的な結果の測定のために同様に3時点で評定された。

 Manchester Short Assessment of Quality of Life(MANSA; Preibe et al. 1999)はSQOL(12の生活上の領域における満足度の評定の平均値であり、それぞれ1=「悪くはない」から7=「良くはない」のリッカート尺度)を評価するために用いられた。

 治療への患者の満足度が治療後とフォローアップにおいてClient's Assessment of Treatment Scale(CAT; Priebe et al.1995)測定された。これは、11ポイントの評定による7個の尺度からなり、治療の様々の側面について「0=極度の否定的回答」から「10=非常に肯定的回答」にわたる。フォローアップ時にもこの調査が行われ治療を振り返っての満足度が評定された。

 治療後とフォローアップ時に、非特定的で潜在的に影響を媒介する要因として治療関係の質についての評定として、患者は5個のリッカート尺度からなるHelping Alliance Scale(HAS; Priebe & Guyters, 1993)の評定を行った。高い数値は治療関係が良好であることを示すものとして、評定値が集約された。

分析

 すべてのデータは「Windows 版:社会科学のための統計パッケージver.10.1」(SPSS Inc., Chicago, IL., USA)を用いて分析された。分析は、Intention-Treat基準(治療の意図による分析)において実施された。実験治療群と対照群の間での陰性症状の相違について、基準値(baseline)を共変量として、共分散分析(ANCOVA)を用いて分析された。また、治療後とフォローアップにおけるMANSAの治療満足度の平均値についても、その基準値(baseline)を共変量として共分散分析が行われた。また、それぞれの治療グループにおいて、治療後に陰性症状が基準値からみて25%かそれ以上の改善を見た者について、それらの者の割合が分析された。

 治療に参加中の投薬の変化については、クロルプロマジン等価の日平均の変化及び定型から非定型向精神薬の変化が記録された。向精神薬の投薬量および陰性症状上の錐体外路系症状の影響を調べるために、ANCOVAによる分散分析が、向精神薬投与をクロルプロマジン等価としたもの及びEPS合計得点スコアを共変量として反復実施された。

 さらに、グループへの割り当てに基づいて、投薬の変化の有無、定型から非定型へあるいは非定型から定型への変化を分析した。


結果

サンプルについて

 全部で67名の患者が研究に照会され、そのうち55名が基準を満たしていた。そのうち、45名が研究に同意したので2つの治療条件へと無作為に割り当てられた。全体でそれぞれの条件ごとに4つのグループが治療を受けた。
 研究サンプル(n=45)の人数的および臨床的特徴はTable1に示されている。
 この2グループ間にはどの変数においても有意な差は見られなかった。被検者は主に中年、独身で雇用がなく、精神疾患の長い経歴をもっていた。
 この2グループは治療セッションに参加した平均回数に関して有意に異なっていた:BPT(n=11.3; S.D.=6.0); SC(n=4.5; S.D.=4.8); t=4.0, df=43, p<0.001。
向精神薬投薬量ならびに錐体外路系症状スケールは、2グループ間に有意な差はなかった(Table2)。

出力結果の計測outcome measure

 精神病理の出力計測ならびに基準値からフォローアップにおけるSQOLの平均値はTable3に示されている。2グループは基準値において精神病理スコアに有意は差はなかった。

基準値からの陰性症状重症度の変化

 基準値を統制して、患者の陰性症状スコアを共分散分析してみると、実験的治療に有意な効果があることが示された。すなわち、BPT治療を受けた患者は治療後に有意に低い症状スコアとなっていた(PANSS陰性尺度 F=5.0,p=0.031; 情動平板化 F=10.8, P=0.002; 運動減退 F=4.7, p=0.035)。また、フォローアップにおいて(PANSS陰性尺度 F=7.0, p=<0.015; 情動平板化 F=5.6, p=0.026; 運動減退 F=7.7, p=0.011)も同様であった。

 症状が低減した患者については、基準値から20%がそれ以上(幅20%〜46%)となった 患者数はBPTにおいて有意に多かった(PNASS陰性尺度, n=12/50% 対 n=4/21%)。向精神薬投与をクロルプロマジン等価としたものとEPS尺度の尺度合計値を付加的な共変量としてANCOVAを反復実施したが、分析の結果はこうした共変量によって実質的に影響されていなかった。したがって、陰性症状へ対する治療効果の違いは、錐体外路系の副次的な影響ならびにこの研究で測定された向精神薬投薬量のレベルによる影響を受けていなかった。

 基準値から治療後への向精神薬の変化は、7人の患者に起きただけなので(BPT, n=2; SC, n=5)、予定していた分散分析は実施されなかった。各ケースごとに投薬を分析してみると、4人が他の非定型へと変わり、2人が定型から非定型へと変わり、1人が非定型から定型へと変わった。こうした変化は好ましい治療結果とは特に結びつきがなかった。

他の出力結果の計測

 他の精神病理症状スコア(PANSS陽性尺度、総合精神病理評価尺度general,合計 total)はSQOLと同様に、グループ内およびグループ間においても有意な違いはなかった。

 治療についての患者による評価は全体的に肯定的であった。すなわち、治療後のCAT平均値はグループ間で違いはなく(BPT mean=6.8, S.D.=2.0; SC mean=6.4,S.D.=1.9)、フォローアップにおいてもそうだった(BPT mean=8.3, S.D.=1.9; SC mean=6.7, S.D.=1.8)。同じく治療関係についての患者による評定もグループ間で治療後にも違いはなく(BPT mean=7.2, S.D.=1.9; SC mean=6.6, S.D.=1.8)、フォローアップにおいてそうだった(BPT mean=7.1, S.D.=2.1; SC mean=7.1, S.D.=1.6)。

ディスカッション

全体的発見

 BPTは陽性の顕症florid精神病症状を悪化させることなく実施された。それは通常の治療に付加され、持続的で投薬耐性のある基本的陰性症状の改善においてSCよりも効果的だった。

 こうした発見は潜在的な交絡因子、すなわち、2グループの異なる治療に関して、向精神薬の投与、錐体外路系症状、陽性症状の改善といった影響を示唆するものではなかった。両グループとも治療関係について同様に治療への満足と評価を示していた。そのため、BPTの効果は、治療への満足および治療関係の質に反映されるような非特定的効果によって説明できないものである。臨床的に有意な変化の測度として、症状尺度スコア20%の低下を基準としてみると(Rector et al. 2003による示唆)、BPTグループでは有意に多い人数(50%)が治療に対する反応としてその基準を満たしていた。

本研究の限界

 本研究は標本数の少ない探索的な研究であった。1人の治療者がBPTを実施していることから、他の治療者によっても、また他の標本とその他の枠組みでも今回の効果が得られるか否かは不明である。しかし、BPTの実施に際してはマニュアル化を行うことで内容の変化を低下させたことが訳だったといえるだろう。

 対照群には高い割合で中途脱落者がいた。それに対して、実験群では臨床的な改善があることにより治療への定着へとつながり、注目を得るとともに(身体的)運動という非特定的効果へと結びついたいえよう。しかし、「研究の意図による分析Intention-To-Treat Analysis」において、非特定的効果を示す指標には2グループ間に違いはなかった。また、患者がBPTに定着したことは、(BPTによる)実験的治療が比較的良好に受けいれられていたことを示しており、これはBPT自体の有効性と見ることができるし、実践での利用を促進するものである。

陰性症状への異なる試みとの比較

 陰性症状について非定型的向精神薬の効力についての研究結果と比較すると(概略はLeucht et al. 1999; Moeller 2000; Chakos et al. 2001)、本研究の結果は勇気づけてくれるものである。Chakos et al.(2001)による研究レビューでは、クロザピン、オランザピン、あるいはリスペリドンによる陰性症状への効果は3%から15%の間の改善となっており、本研究における20〜25%という平均的低下よりも低い。Volavka et al. (2002)は、クロザピン、オランザピン、リスペリドン、ハロペリドルを慢性統合失調症の治療において直接比較した。クロザピンによる治療を受けた患者においてのみ、陰性症状が8週間後も有意に改善を見ており、これは本研究の発見に匹敵するものである。

 統合失調症の陰性症状を対象にした認知行動療法(CBT)はこれまで数件の研究で検討されたに過ぎない(Tarrier, 2005)。Rector & Beck(2001)は、通常のケアと支持的療法と比較した場合、陰性症状に関するCBTが中から大程度の効果を示した3つの研究を指摘した。Sensky et al. (2000)は、CBTと非特定的なケアによる対照群のいずれも有意に陰性症状が改善し、CBTについては9ヶ月後も持続したと報告した。Rector et al.(2003)は、こうした変化は陽性あるいはウツ症状における変化に付随したかもしれないと指摘したが、この指摘は本研究における発見には当てはまらない。Rector et al.(2003)は自ら行った研究において、持続的症状をもちCBTを受けたうちの61%の患者は、「いつものように豊かな治療である」と反応した31%と比べると、治療への「応答者responders」と見なされるとし、そうした変化は陽性反応あるいはウツ症状における変化に起因させられないとした。しかし、陰性症状の基準値のスコアは本研究よりも有意に低い。様々な試みにおいて(Tarrier et al. 1993; Sensky et al. 2000; Tarrier et al. 2000)、CBTは対照群とくらべて脱落者の割合が低くなっており、これは本研究のBPTにおけるものと同じである。

 現時点では、他の非薬理学的治療法(家族への介入、社会的技能訓練、認知矯正療法cognitive remediation、心理教育、自己主張コミュニティ治療)が、統合失調症の陰性症状に一定の効果があることを示唆する証拠はない(Bustillo et al. 2001; Pilling et al. 2002; Turkington et al.2004)。

結論

 BPTに関する探索的な本研究は、慢性統合失調症の陰性症状を顕著にもつという極めて限定された患者集団を対象とした。BPTは患者らに受けいれられ、良好な効果へと結びついた。その効果の大きさは実質的なものであり、向精神薬およびCBTについての文献で報告されている治療と少なくとも同程度に高かった。こうした発見は、より大きなサンプル数による研究と関連する治療的メカニズムを探索するより詳細な研究に値するものである。そうした研究により、治療効果が最大限に活用されるように、アプローチの内容とBPT実施マニュアルがより改善されるものとなろう。

 そうした効果が再度得られるならば、全体的効果を高めるために、BPTをCBTなどの他の心理学的治療と組み合わせるとか、あるいは他の選択肢として他の方略を考える必要があるなどを、他の異なる患者グループへの方法を含めて検討されるだろう。

(試訳・葛西俊治 Jun.6, 2009; 修正 Jun.9)