* JavaScriptのスクリプトを用いて計算しています。「コンテンツを許可」してください。(葛西)

「尤度比、オッズ」「Bayesの定理」の計算と解説

葛西 俊治

(元・札幌学院大学心理学部臨床心理学科教授)

*注意 このサイトの内容はご自身の責任でご利用ください。
Evidence Based Medicineの影響もあり、DSM-IV (診断と統計マニュアル)が精神医学・臨床心理学で多用されています。そうした確率統計的な方向性を正しく批判的に理解するために、「尤度比・オッズ・ベイズの定理」を解説します。
私は日本ダンス・セラピー協会認定ダンスセラピストとして、身体心理療法的な実践と研究をしています。たとえば精神科ディケアを含めた現場では、一人一人が本当に異なっているために、一般的なアプローチではほとんど通用しないと感じることが多々あります。それと平行して、研究上・教育上必要であるため、確率と統計学にそこそこ関わってきていますが、そうした統計的な理解と現場での個別的な実践の間には大きな裂け目があることを痛感しています。

* 質的アプローチの必要性を感じて「関連性評定質的分析」という方法を提起し、十数編の研究論文・修士論文などでその効果と意義を確認しつつあります。今後もそうした質的アプローチの深化を進めていきますが、それと同時に、確率・統計・数理論的な数量的アプローチの利用範囲や限界をより明確にしていきたいと考えています。二つの異なるアプローチの利点と欠点をにらみつつ、相補的な方法として位置づけるためです。

以下では、EBMとして用いられている「尤度比・検査前オッズ・検査後オッズ・ベイズの定理」について,その計算方法を解説しています。ただしEBMを唱導するためではなく、その問題点と限界を一つずつ明らかにしていくための準備として勉強材料を整備しているところです。


尤度比 (ゆうどひ)

    医療領域では、検査により有病者を識別する割合について,「検査の感受性 (感度)」と「検査の特異性」という言葉を使うことがあります。

  • 検査の感受性 (sensitivity):(有病者を検査して) 有病者が正しく陽性となる割合 x
  • 検査の特異性 (specificity):(無病者を検査して) 無病者が正しく陰性となる割合 y

  • *信号検出理論では、「該当者が正しく識別される割合」= Hit Rate、「非該当者が正しく排除される割合」Correct Rejection、という表現を用います。

  • 尤度比: x / [1 - y]
    [有病者が陽性となる割合]を[無病者が誤って陽性となる割合]で割った比率のことです。

  • *検査感受性が90%で、特異性が95%ならば、尤度比 = 0.90/ (1-.95) = 18 となります。
     なお、 (1 - y)すなわち、(1-.95)= 0.05 は [無病者が誤って陽性となる割合]です。(偽陽性率ともいいます)
     
    *尤度比が1.0のときは、検査で陽性になっても有病者が無病者かの割合が五分五分であり検査をしても判断がつかない状況です。上の例のように尤度比が18.0と大きいときは、「検査で陽性になった人が正しく有病者である」と識別するが高い状況を示す数値となります。「尤度比 (ゆうどひ)」とは、検査による結果の「もっともらしさの比率」ということです。

    *検査の特異性、すなわち[無病者を正しく陰性として排除できる割合]がひどく低かった場合、たとえば、y = 0.60 と6割しか除外できなかったとすると、仮に検査感受性が90%だったとしても、 尤度比 = 0.90/ (1-0.60) = 2.25 と尤度比はかなり低く出てきます。
    このことから、検査というものが、「有病者を正しく陽性と判別できる割合 x」と「無病者を正しく陰性として排除できる割合 y」とによって、その効果あるいは判別力が決まることが分かります。
     、
XとYの値を入力して尤度比の変化を見てみましょう。


尤度比計算

検査により陽性

検査で陰性

疾病あり

検査の感受性x

1-x

疾病なし

1-y

検査の特異性 y

x / [1 - y] =


オッズ odds


医療領域では、検査による陽性が本当に有病であることを示しているのかどうかを示す「(検査後の)事後確率」を計算する際、「オッズ odds」(見込み・可能性・確率)という比率を用いることが多いです。これは後に示す「ベイズの定理」と基本的に同じ意味内容なのですが、次のような手順で計算を行っていきます。
「検査前オッズ」と「検査後オッズ」の二つ、それと尤度比という比率を用いて「事後確率」すなわち「検査で陽性になったときに被検者が有病である確率」を算出するものです。

  オッズ計算器 (カサイクン)

まず尤度比を計算します。

感受性x と 特異性 y 0 以上の小数値を
入力して[尤度比] @をクリックして下さい。

オッズ計算

検査で陽性

検査で陰性

疾病あり
検査の
感受性 x

a

1-x

c





疾病なし
偽陽性
1-y

b
検査の
特異性 y

d





x / [1 - y] = @

 ◎計算確認のための数値例
感受性 = 0.60 特異性 = 0.90
とするとクリック[尤度比]= 6.0となります。
また、有病率 = 0.02 (2%) とすると、
クリック[検査前オッズ]= 0.020408
クリック[検査後オッズ]= 0.122449
クリック[事後確率] = 0.109091 となります。






0 以上の小数値を入れてください。
有病率 p
有病者の (ex.全人口中の)割合です。

[有病者の割合] / [無病者の割合] を
「検査前オッズ」といいます。
p / (1 - p) =
A


[尤度比] x [検査前オッズ] = [検査後オッズ]
  という式が分かっています。
[x /(1 - y)] x [p / (1 - p)] =
@ x A

「事後確率」は「検査後オッズ」から
次の式で計算されます。
[検査後オッズ] / [1 + 検査後オッズ] =


「検査で陽性になったときに有病である確率」
=「事後確率」
が算出できました。

全対象者人毎に人数がどうなるかを見てみましょう。
ずいぶん回り道をしましたが、
右の比率になっていることを
手計算で確かめてください!
a, c, b, d はそれぞれの人数です。
  • [尤度比] = {a /(a+c)} / { b /(b+d)}
  • [有病率] = = (a + c)/ (a+c+b+d)
  • [検査前オッズ] = (a + c) / (b + d)
  • [検査後オッズ] = a / b
  • [事後確率] = a / (a + b)

ベイズの定理


ベイズの定理 (Bayes)は、たとえば検査などの結果が分かったときにその人が有病である確率、すなわち「事後確率」を計算する公式を示しています。言葉で言う代わりに数式で表現するため難しくみえるのが難点ですが、内容は上のオッズ計算器でみた計算内容を数式で表現したものといえます。


 事後確率 =

 [感受性x有病率 ] /
[ 感受性x有病率 + 偽陽性率x無病率 ]


  ベイズの定理 計算  


p(Y | E) とは、出来事Eが起きている条件下で、出来事Yが起きる確率、と読みます。

ここで、Eを「検査で陽性」、Yを「有病である」とすると

「検査で陽性Eである」ときに「有病Yである」確率を p(Y | E) と書くわけです。

なお、ここで出来事Eが起きていない場合を「notE」と書くと、
p(Y | notE)とは、「陽性でないnotEのときに、有病Yである確率」となります。

求めたい「事後確率」(陽性Eであるときに、有病Yである確率) p(Y | E)は次の式となります。

p(Y | E) = [ p(E | Y) x p(Y) ] / { [ p(E | Y) x p(Y) + p(E | notY) x p(notY) }


このベイズの定理の式を、上のオッズ計算で示した表現を用いてみることにします。

[事後確率] (陽性であるときに有病となる確率) =

[有病であるときに陽性である確率 x 有病である確率] /
[ ( 有病であるときに陽性である確率 x 有病である確率 ) +
( 有病でないときに陽性である確率 x 有病でない確率 ) ] 

したがって次のようになります。

[事後確率] (陽性であるときに有病となる確率) =

[感受性 x 有病率] / [ (感受性 x 有病率) + ( 1 - 特異性) x ( 1 - 有病率) ]
または
[感受性 x 有病率] / [ (感受性 x 有病率) + ( 偽陽性率) x ( 無病率) ]

* (1 - 特異性) を「偽陽性率」、(1 - 有病率)を「無病率」と呼んでいます。

ベイズの定理は事後確率を、事前確率と関連する条件付け確率から算出する公式ですが、「有病でかつ陽性」あるいは「陽性かつ有病」となる割合を、2×2の数表の周辺度数から計算する式と同一となります。
★「全対象者」の数値を変えて、そうした状況を確認してみてください。

*なお、事前確率とか事後確率という言葉を用いているので、まるで因果関係が表現され因果の結びつきが計算されるかのように感じますが、本質は「条件付け確率」の計算式です。たとえば、相関係数を計算した後に、まるで二つの項目のどちらかが原因で他方が結果であるような解説をしてしまいがちですが、それと同じようなことといえるでしょう。
[上に戻る]

確率・比率についての素朴な疑問

  1. 事後確率、例えば、「検査で陽性となり有病となる確率」が仮に 0.33 だと分かったとして、では一体何をどうしたらよいのでしょうか。三人に一人が有病だから、たとえばサイコロを転がして、 {1} {2}の目が出たら「あなたは有病です」と告げ、 {3 4 5 6} のどれかが出たら「あなたは病気ではありません」と告げるのでしょうか。

  2. 有病率というのは、上のような計算をする際、全人口を前提にする必要があるのでしょうか。専門病院ではそこに来る患者さんが該当の病気である割合は相当に高いはずですが…。

  3. すでに知られていることですが、致死率の高い病気の場合は有病者の率は極めて小さくなります(有病のままで生存することが困難なためです)。そうした状況をどうやったら計算に盛り込めるのでしょうか。

この他にも素朴な疑問がいろいろとありますが、素朴すぎるので恥ずかしくて書けない…。
「素朴 b c 」は現場で苦労している方々が何らかの解決策を示してくれるのではと期待しています。たとえば、その病院に実際にやってきた患者さんを対象にした比率を用いる等々。そうすべきである理論的根拠(たぶんベイズ推計的)を提示しながら…。



しかし、「素朴 a」についてはどうでしょうか。

実は確率の考え方が二つあったのですが、統計学が成立する過程でそのうちの一つだけが採用され、もう一つの確率の考え方は捨て去られました。それは、統計的な確率計算が成立しなくなるからでした。
通常用いられているカクリツは「一度も実施しないときの生起比率の見通し」または「多数回実施したときの生起比率の漸近値」といったように理解されています。したがって、「今、ここの一回的な場面において何かを言うものではない」と正しく理解しなくてはいけません。

ということで、
もう一つの「かくりつ」とは、この「一回性」「一回的場面」における理解に関わるものです
例を示します。

「サイコロを転がすと {1} の目か,それ以外の目が出る。これからサイコロを転がすが、当てられたら命を助けてやろう」といったような状況を考えてみます。エライことになったものですが、どうしますか? 非一回性のカクリツ論は、「{1}の目以外が出る方を選ぶべきだ。だってカクリツ = 5/6だから5倍も助かる可能性がある」というわけです。しかし残念なことに、サイコロは一回しか転がしてくれないんです。命が10個とか100個とかあれば「多数回における漸近値としてのカクリツ」が役に立つのですが。

つまり、この場合、他ならぬその当事者本人にとっては単に「生き残れるか、お陀仏になるか」の二つに一つしか道はありません (他人様のことではありませんぬ)。一回性の「かくりつ」では、「{1}の目が出るか」それとも「それ以外の{2,3,4,5,6}の目が出るか」は、どちらも選択肢として(名義的に)等しいので、「{1}の出るかくりつ」 = 「{2,3,4,5,6どれか}の出るかくりつ」になってしまいます。このあたりの展開はギリシャのソフィストによる空論のように聞こえますが、この平仮名で表示している「かくりつ」は空論ではなく「一回きりで反復しない状況」での妥当な理解といえます。

しかし、こういう「かくりつ」が成立したのでは「カクリツ論」も統計学も崩壊してしまうわけで、一回的な「かくりつ論」は残念なことにあっさりと見捨てられたのでした。したがって、結果的に「今ここに限定的にしか生きられない一人の生身の存在」であることを捨てて、あたかも自分がカミサマであるかのような立場に立つことを (こっそり)選んだのです。そして、その一回的な場面での選択にはまったく関係のない大所高所からもの申すという訳です。

現在用いられている非一回的なカクリツとそれに基づいた統計学は、結果的に、一人一人の人間の「今ここで」という実存的なあり方を見失わせる(反)哲学的態度を養うのに大いに貢献しています。統計学にはそういうつもりがないにしても、…多分、カガクテキ心理学者達などによる誤用のおかげで…そうなっているのですから、本当に困ったものです。

現今のカクリツ論は現場の一回的な場面には通用しない幽霊のような数値なのですが、精緻な理論と計算過程を誇っているので無視するわけにもいかず、さらに一回的ではない場面では大活躍なものですから、用心していないと一回的な場面にまで通用するかのような顔をしてきます。とういうわけで、「素朴 a」とは、こうした背景から出てきている疑問・警句なのでした。

(掲載 1/30, 2010)
[上に戻る]
* このサイトは利用される方ご自身の責任でご利用ください。
 * 無断転載をお断りいたします。
 
 (C)All Rights Reserved by Toshiharu Kasai 2011

- since 3/14,2010 -